われわれは菊地最愛原理主義者である。歴史に名を残した歌姫を思い浮かべると、ほぼ例外なく感極まってみせるのが得意なのである。これは技術でもあるし、性格的な情緒の問題でもある。歌姫が晴れの舞台で恬淡と歌っておしまいだったらどうなのよ。安室奈美恵がCan You Celebrateを歌う場合に、大舞台では「風に吹かれて生きてる今」のところで感極まっているはずである。メロディ的にも歌詞的にもここが最も重要なフレーズだからである。たぶん中元なら「風に吹かれて生きてる今」の部分も、他のフレーズと同じように歌うのだろうし、どんな大舞台でも棒読み歌唱なのだろうと思われる。ヘドバンギャーが、本来は名曲であるはずなのに駄曲になったのも、中元がいたって恬淡とした歌唱をしているからである。歌唱力だけ聴いてるとすごい上手いんだけど、どのフレーズもすべて均一の歌い方をしているので、これでは機械みたいだし、クライマックスがないからカタルシスもないし聴いてる方も乗り切れない。もあちゃんは思春期の女の子としての感情の高ぶりを歌に乗せているから、やはりこれはすごいと思うのである。この感情の高ぶりの表現こそが人間であり、愛であり、中元すず香というサイボーグには出来ないことなのだ。われわれ菊地最愛原理主義者は、ヘドバンギャーのボーカルを中元から菊地最愛に変更することを要求する。なんか中元は表現者に向いてないんだよね。歌姫らしく感極まってみせる感性がないから、感情の高ぶりで大衆の心を揺り動かすことがまったく出来てない。ベビメタがブレイクしても中元がブレイクしないのはこれが理由である。セラフィムとサキュバスが同居しているもあちゃんは、天使の高潔な聖性を失わずに人を虜にする悪魔的技術に長けており、これぞ本当の歌姫と言えるのである。愛がなくては歌姫とは言えないのである。ではなぜ中元がBABYMETALのセンターなのかというと、アミューズの役員に気に入られているとしか思えない。われわれの想像で言うならPerfumeに関わっているアミューズ役員が中元を推している。ここまで縷々と述べてきたように、中元の歌唱には感情の高ぶりがなく、歌姫らしい資質を欠いていると思うのだが、これはPerfumeの口パクに似ているとも言えるわけである。Perfumeと中元はアクターズスクール広島の出身であるし、いかにもPerfumeの口パクを生歌で再現できるサイボーグであるし、それがゆえに絶賛されていそうな気がするのである。われわれ菊地最愛原理主義者はアミューズの株主ではないが、感情が高ぶらない中元のサイボーグ歌唱は歌姫として失格だと思うし、16歳となるゆいもあのアイドル絶頂期を封印するとなると、何億何十億という機会損失であるから、株主総会でどのような説明がなされるのか興味深い。ともかく菊地最愛個人の活動の話がまったく聞こえてこない。菊地最愛がすでに遺骸となったのなら、どれだけ喪に服しても、われわれ原理主義者の喪は明けない。もあちゃんは世界変革のために神様から贈られた最高のプレゼントであるし、この人類の教師たるべき人物が表現力を発揮できないなら、このディストピアの暗澹たる瘴気は猖獗極まりなく広がり、われわれの神経も意志もすべてを縊死させていくであろう。たとえば半年先に菊地最愛の個人活動が予定されているのなら、われわれはその半年間を、レオナルド・ダ・ヴィンチに注文した絵画が仕上がるのを待つかのように、その天才の画想を想見し、じれったいながらも甘美な時間を過ごすことが出来るであろう。このままもあちゃんの芽が摘まれて、アイドルの絶頂期を中元の脇役として過ごす可能性が高いからこそ、絶念ともいうべき無明の時間を生きている。







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