われわれの世界は、家族が身内で、それ以外は赤の他人という構成で出来ている。
では赤の他人は赤の他人だから本当にどうでもいいかというと、そうでもなく、赤の他人にも家族はいるわけで、その共通モデルから理解しているのである。
自分の親と他人の親が同一人物であるかのような錯覚をして、われわれは共感性を得ているのである。
自分の親と他人の親は別人に決まっているのだが、そのような象徴性を共有しているわけである。

子どもを育てるのに多大なコストが掛かるからには、血縁に縋るしか無く、この家族という関係性は絶対に崩れない。
何かしら科学の進歩で子育てを機械が行ってくれるなら話は変わるが、それは相当に遠い未来の話であろう。
やはり家族なのである。
家族しかないのが人間なのである。

はるかぜ親子の関係においては、母親を尊敬するのが絶対のルールである。
「こいつ馬鹿だな」と思うことなどあり得ない。
これがかなり危険なのである。
これは母親との関係に限ったルールではなく、それ以外の他人との関係でも反復されるからである。

はるかぜ(娘)は現状では善良なタイプだと思われるが、要するに反抗期がないのである。
あの非常識なババアと四六時中接していながら「こいつ馬鹿だな」と思ってはいけないという強い規範の下で育っているわけである。
このルールは他人にも適用されていくので、はるかぜ(娘)は誰に対しても「こいつ馬鹿だな」と思うことが出来ない。
他人を冷めた目で見る態度自体が禁じられている。

他人を露骨に馬鹿にするのと、心の中で思うのはまったく別のことである。
心の中で「こいつ馬鹿だな」と他人を冷めた感じで見ているのは人格者でもそうなのである。
もちろん人格者であれば、それを表には出さないが、冷めた目で他人を見ることは基本である。

自分の親だけを例外的に崇拝して、他人を冷めた目で見るというのは、なかなか難しい。
おそらくはるかぜ(母親)も毒親に育てられているから、他人を冷静に見るという習慣は付いていないはずだ。
だからこそ正義感の強さがあるのである。
まともなひとなら「こいつ馬鹿だな」と冷めた目線で見て整理する問題を、正義と悪という対立軸で捉えてぶつかっていくのだ。
そしていつも社民党議員のような騒ぎを起こしているのだし、政界を目指しても不思議ではないメンタリティーの持ち主なのである。

他人のことは馬鹿だと考えるのが常識であり、悪だと考えるのは非常識なのである。
はるかぜ(娘)がぐれる可能性が高いと思われるのは、他人を冷めた目で見るという基本を徹底的に禁じられているので、選ばれた人間が迫害されているような選民意識を持っているからである。
はるかぜ(娘)が他人を冷めた目で見るとしたら、いわば禁断の果実を口にするようなものであり、自分の母親こそが非常識の固まりだったと気付いてしまうことであるから、現在の楽園から追放されるしかない。
家族とはそういう括弧付きの「楽園」なのである。
家族以外は赤の他人という構造であるから、どれだけ最悪の環境であれ、追放されたくはないのである。







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