アミューズの寮にいた頃は不細工だった武藤彩未ちゃんがやたらと綺麗になったわけである。いくらなんでも一人暮らしを始めた瞬間に美人になりすぎるのは違和感がある。言いたくはないし、口にするのも憚られることだし、本来なら決して口にしたくはないが、いろいろ思案し逡巡を繰り返し煩悶しながら、どうしても拭い去れないのが、セックスで綺麗になったという疑惑である。

これに関して、わたしなりの考察を述べておこう。まず渋谷公会堂での壮絶とも言えるパフォーマンスは熱愛している彼氏に捧げられたという印象も受ける。これに対しては当然ながら水野由結ちゃんに捧げたステージだったという反証があり得るし、わたしもそれを信じたい。数ヶ月前から病んでる感じで「わたしは超人気アイドルの水野由結ちゃんと親しいんです」と盛んにアピールしていたし、この最後の命綱と言える設定がなければ死んでしまうのではないかと危惧された。そして前夜祭でも水野由結ちゃんと仲良しアピールし、当時の終盤のMCでも、おそらく過去最高のパフォーマンスが出来たという手応えから、あたかもこれまで失っていた自信を取り戻したかのように、後輩のお手本どうこうという話があった。ごく普通に見れば、頂点に立つ姫川亜弓(水野由結)の求めに従って、北島マヤ(武藤彩未)が決死の舞台を演じて見せたと言えるわけである。

だが、考えてみれば、12月の赤坂Blitzでも水野由結ちゃんはいたわけである。この日は一階がソールドアウトせず、二階は関係者席に使われていた。開演する少し前に中元すず香が入ってきて、二階席の前方からステージを見やっていたが、ほとんど誰も気付いてないのが印象的だった。如何にも冴えない猫背のブスだった。わたしは当然ながら一階席にいたので、二階席後方は見えていないが、ゆいもあはそこにいたはずである。それからステージに登場した彩未ちゃんだが、まあこれも二階席の中元と似たようなもので、決してオーラなんてものはなかった。やたらと歌は上手いのだし、滑舌もとても綺麗だから、スキルではとっくに松田聖子など超えており、歌声は本当に素晴らしかったのだが、アイドルらしいカリスマ性やキラキラしたオーラはなかった。中元も武藤も両方冴えなかった。さて、ともかく、水野由結ちゃんはこれを見ていたのだから、ゆいちゃんがいれば最高のステージが出来るというわけではないのだろう。

水野由結ちゃんの力で渋谷公会堂で完全覚醒したということなら、12月の赤坂Blitzでオーラがなかったのがおかしいという問題である。4月29日の渋谷公会堂で、歌唱力は元から最高レベルなのでさほど上達した印象はなかったが、なにしろステージでの立ち振る舞いが煌めいていて、頂点に立つアイドルだけが持つキラキラした感じを全方位に放っていたのである。これは絶対にブレイクすると確信したし、本当に凄まじいステージであった。

このエントリーでは結論をひとつにまとめるつもりはなく、セックスで綺麗になったという説と、水野由結ちゃんの力で完全覚醒したという説を両論併記する形にしたいが、まずセックスで綺麗になったという説は長々と述べない。このような通俗的な話題で長広舌を振るうことに意味はあるまいし、水野由結の力で覚醒したなら、なんでその前の12月の赤坂Blitzで覚醒しなかったのか、という話はすでに述べたので繰り返さない。

ここからはセックスで綺麗になったという説を否定する論拠を書いていくが、まず赤坂Blitzの段階ではさほど追い込まれていない。12月段階では決して絶体絶命ではなかった。あの後でCDを出して売れなかったり、とてつもないデブの状態でテレビに出たりして、なんか追い詰められて水野由結ちゃん水野由結ちゃん言い始めたわけである。実際4月29日の渋谷公会堂の前の段階でわたしはかなり懸念を抱いていて、彩未ちゃんがここで駄目だったら、それこそ芸能界から消えるくらいの不安は抱いた。実際のところ2015年に入ってからの容姿の劣化はひどかったし、完全に醜態を晒しつくして表舞台から去るとも思われた。

なお、この容姿の問題だが、渋谷公会堂の二週間前のLogirlでは明らかなデブである。一週間前では、ようやく痩せてきて、すこしぽっちゃりくらいで、最低限の容姿にはなっていた。ここから一週間でかなり痩せている。具体的に何キロかは知る由もないが、たぶん一週間で五キロは減らしたはず。当日のステージでは、見違えるほどすごい美人になって現れたのである。つまり、渋谷公会堂の二週間前の段階では明らかなデブスなので、セックスで綺麗になったという疑惑はかなり弱まる。もちろん四月に入った頃から彼氏と同棲して、その激しい運動でようやく4月29日に痩せた美人になったと言えなくもないのだが、とはいえ、やはり恋する少女の情熱が見えたのはあくまで当日であり、二週間前は冴えないデブスだったし、一週間前はぎりぎり可愛いという程度であった。やはりあの渋谷公会堂のやけに情熱的なステージは、ここがラストステージになりかねないという危機感の強さあってこそであろうし、12月の赤坂Blitzとは置かれている状況がまったく違っていたのである。

また考えてみると、水野由結ちゃんが彩未ちゃんのお下がりを着ているという話が、ここ一ヶ月くらいだけで二回出ているはずである。「これを着ていると彩未ちゃんと一緒にいられる気がする」と言って、もはやサイズが合わないようなお下がりを無理して着ているというエピソードだ。いくらなんでも背が伸びた水野由結ちゃんが彩未ちゃんのお下がりを着ているのが変である。だが着ていたというエピソード自体は真実だろうから、かなり無理して着ていたのである。かつてはさくら学院の中心の中心であった武藤彩未ちゃんが、すっかり落ち武者のようになり、「わたしはあの水野由結ちゃんと親しいんです」くらいしかセールスポイントがなくなってしまった気の毒な様子を見て、由結ちゃんがタンスの奥から昔のお下がりを取り出していた光景が目に浮かんでくる。

また三月頃のエピソードとして、アミューズのレッスン場で彩未ちゃんがゆいちゃんと顔を合わせたら、ゆいちゃんがいきなり抱きついてきたという挿話がある。この頃の彩未ちゃんは完全な脂肪の固まりである。おそらくはクリミアで傷病兵と向き合ったナイチンゲールのようなひたむきさに違いない。かつての憧れの存在が、すっかり落魄しているのを見て、その悲嘆の深さが、ただひたすら抱きしめるという行為に繋がったのである。すっかりサイズが合わなくなったお下がりを着るのも、遠く流れ去った光り輝く時間を取り戻したいという願いだったに違いない。もうひとが寄りつかない幽邃なる森林の廃城を訪れ、煌めきを失くした暗渠の晦冥さにうち沈み、すでに死んだお姫様の盛時を描いた美人画をもの憂げに眺めやり、せめてその悲劇を共有するために、もはや粗衣と言っても差し支えないであろう古い衣裳を、水野由結ちゃんは身にまとったのである。

水野由結ちゃんも、あの渋谷公会堂のステージの成功を見たら、もうお下がりは着ないはずである。サイズが合わないものを無理して着ていたのは、いわば義兄弟のために憂いを共にしようという精神であり、もはや完全覚醒した彩未ちゃんの姿を見れば、すべての役割は終えたと察したに違いない。かつての美貌も完全に取り戻したので、彩未ちゃん自体は最高の状態に達したと言える。問題なのはヒットしそうな楽曲がないことであり、楽曲を製作する体制にかなり不安があるのだが、これはまた別の話である。こうやって考えてみると、病んでいた間は水野由結ちゃんに依存しきりだったと思われるので、渋谷公会堂の時点では処女という印象が強くなるが、これだけ美貌を復活させたのだから、水野由結ちゃんしか相手にしてくれなかった昨日までの彩未ちゃんとは違う。ひたすら見苦しい自分を晒した時間は黒歴史であろうし、もうゆいちゃんの顔など見たくあるまい。糟糠の妻を捨てるのがロックスターの生き様。今から近づいてきてチヤホヤしてくれる人たちと盛大なパーティーを行うのであり、この絶佳たる超越的な美貌があれば、次から次へとイケメンが群がってきて口説かれて仕方ないであろうし、ただひたすらロックして、この栄耀栄華の中で新しい武藤彩未としてデビューし直すのであり、今は隣でイケメンが寝ているであろう。だがこのような儚さが水野由結ちゃんの天使たるゆえんなのであろうし、われわれはゆいちゃんの愛を叙事詩として書き綴り、その跡形もなく消え去った奇蹟をひたすら悼むのである。道半ばにして倒れたというよりは、むしろ露と消える愛のためにゆいちゃんは生きたのである。

こうやって書いていて、さっき武藤彩未ちゃんのLogirlを見たら、わずか一週間で見事にリバウンドしていた。
このエントリーどうしようかと思ったが、書き直すのがめんどうなのでそのままアップしておく。
このデブはいい加減にしろよ。







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