目と鼻と口の構成を顔として扱うことが急激に不思議になってきたのだが、しかしこれを不思議で仕方がないという意見は見たことがないので、わたしの中で生じた疑問はかなり稀であろうと思われる。人生で最も重要なのは顔であろうし、その目と鼻と口の並び方に人類は美を見いだしたり醜いと思うわけだし、あるいは、目や鼻や口が変なところに発生したら、グロテスクの極みである。

たぶんわたしはTehu君の画像を見ている時に、もはや顔として破綻しており、なんか頭部に目と鼻と口がくっついているだけという強烈な印象を持ったのだと思う。その違和感がやがて、なぜ、目と鼻と口という順番なのであろうという疑問にまで発展したのである。もうどこに目と鼻と口があろうがいいであろうという考えが、Tehu君の顔を見ているうちに浮かび上がってきて、なにかしら人類への重大な疑問符を突き付けられたのである。

この目と鼻と口という構成が宇宙の真理とは思えないのである。たまたま地球の生命体がそうなっているだけである。宇宙の真理とはまったく無関係のはずである。そしておそらく顔という概念は遺伝子に組み込まれているだろうから、そこまで考えるととても不思議なのである。この頭部の構成を顔として把握する概念。それによってわれわれの精神に浮かび上がってくる美的観念。この何かしらおそるべき設計思想を持った顔というものを誰も疑問にしないのである。人生で顔が一番大事と言いながら、誰も顔とはなんぞやと問わないのだから、この顔という概念はなにかしら圧倒的な強制力である。

今までずっと目と鼻と口というパーツを顔として把握するのが当然だと考えていたし、何しろ美人が美人であるのは絶対的な真実なので、その美という規律に囚われて、顔という概念の不思議さに気付かなかったのである。おそらくTehu君の画像を見た時に、彼の顔へのこだわりとともに、顔とはそもそも何なんだろうと重大な疑問を抱いたのである。今までは美人への憧れが強すぎて、まったく疑問に思わなかったのだが、要は頭部に目と鼻と口が付いているだけで、美には根拠がない、という気がしてきてしまったのである。

美という規律は絶対に揺るがないものであるから、美人が美人というのに変わりはないし、道重さゆみちゃんの画像を見て性欲をそそられるのはまったく変わらないが、顔というのはおそらく地球の生命体だけの万有引力のようなものであり、宇宙まで考えると、顔では説明できないという気がしてきたのである。地球人類の誰一人として道重さゆみちゃんの美しさは否定しないのであるし、この美の規律は絶対なのだが、果たして宇宙のどこでもまんべんなく、道重さゆみちゃんの頭部のパーツが顔として把握され、美人として認識されるのか疑念が生じてきたのである。地球上では誰も否定しないが、宇宙のどこまで通用するのかという疑問である。

われわれの内面に浮かび上がり続け人生を支配する美人への憧れも遺伝子の設計なのであろうから、どうしても人間より高級な知性であろうと考えざるを得ないのだが、こうやってひとりひとりに顔というアイコンを持たせて、われわれを繁殖させたり淘汰しているのが、何の目的もなさそうなところに戦慄するのである。通常であれば、Tehu君のような人は表には出てこないので気付かないのであるが、顔というテーマに関して、これだけインパクトの強い存在はあるまいし、今まで思いもしなかったような顔という概念への疑問が生じてきて仕方がないのである。ひとびとのまっさらな頭部に人面瘡が浮かび上がってきて、それを顔として他人に向き合い人生を演じさせられているという、そういうグロテスクなイメージである。美というのは宇宙の真理であると考えていたのだが、この地球上に住むわれわれだけが、顔という概念でやり取りしているという感じが拭えない。われわれ人類にとって顔は絶対的だが、この目と鼻と口の並びが宇宙全体を貫く真理とは思えない。







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