個体には寿命があり、死んでいくことによって世代交代していくというのは、よくよく考えたら奇妙である。細胞というものが、テロメアに制限されて老化して死んでいくのがむしろ変であり、いつまでも同じ状態で再生産する方が簡単なような気がする。だがあくまで個体が死んでいって、世代が変わって進化していくという仕組みなのである。

人間社会に関しては、偉い人が死んでくれるのが本当に大切である。偉い人がいつまでも生きていたら、それはそれで困るわけである。昭和天皇がいつまでも生きていたら、新しい時代には進めない。このところ東京裁判が茶番だという意見が言われるのも、完全に昭和天皇が過去になったからであろう。1945年8月15日を体験した人であれば、これで国体と天皇も終わりと絶望したであろうし、その後にマッカーサーがやってきて、昭和天皇無罪ありきの東京裁判を行ったのは、たいていの日本人が安堵したに違いないのである。中国や韓国でさえ、あれだけ反日なのに、昭和天皇だけはバッシング出来ないのである。頼みの綱の東京裁判で昭和天皇が無罪なのだから、バッシング出来るわけがない。東京裁判は茶番だが、何のための茶番だったのかと言えば、昭和天皇のためだったと言うしかないのだし、A級戦犯は誰でもよかったのである。

昭和に入ってからは、政党政治が完全に崩れたし、立憲君主制など機能しなくなったのである。統帥権がクローズアップされ天皇のためと言えば何でもよくなった。昭和天皇から何も頼まれてないのに、天皇の代弁者として活動することが可能であった。美濃部達吉や共産主義者は思想的に弾圧されたが、天皇崇拝の立場を取ればだいたい問題がなかった。2.26事件はさすがに行き過ぎであり、当初は成功しそうにも思われたが、昭和天皇が激怒し自分で兵を率いてでも鎮圧すると意志を示したので、皇道派は追いやられた。昭和天皇が傍観者を決め込まなかったのはこの時くらいであろう。

戦後になってからも、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に男が乱入して割腹自殺をするという事件が起こったが、この男は決して昭和天皇に頼まれて行動したわけではない。頼まれてもないのに昭和天皇のために決起するというのは、まさに昭和天皇という無私を貫いた存在が生み出してしまった問題である。この男は割腹自殺をする前に「天皇に自衛隊をお返しするためです」と動機を述べたが、昭和天皇がそんなことを頼むはずがないのである。「我国の稜威振はざることあらば、汝等能く朕とその憂いを共にせよ」というのが軍事勅諭にあるが、このあたりが、天皇が何を憂いているか、自分の思いこみで考えていいという自由を生んだように思える。徴兵制度や軍人の忠誠心のために、天皇を崇拝する精神を育んできたことが、やがては狂気しか生み出さなくなる。割腹自殺した男は「憂国」というくだらない小説を書いていたが、この男が国を憂いて自衛隊で割腹自殺したのは、まさに天皇崇拝ならではの独断主義である。天皇のためだと言えば、あらゆるモラルや法は超越できて、誰でもラスコーリニコフになれるという構図を、戦時中に徴兵逃れしたこの男はかなり乗り遅れた人間として演じて見せたのだ。その介錯されて転がった首の画像は新聞にも掲載されたが、その頭部が何を語るわけでもなく、まさに死である。平成になってから、とても温厚で善良さに溢れた常識人が天皇に即位したため、右翼団体、つまり無言の昭和天皇の代弁者として活動する輩は、かなり勢いを失ったのである。

人間に寿命があるのは、ここがいいのであろう。もしくは寿命があるからこそ、老人が退場し、社会として新しい時代を迎えるのである。果たして生命が誕生した時に、その最初のDNAは人類のことまで考えていたかどうかわからないが、こうやって社会というものが出来るとなると、人物が入れ替わるのは、それも設計されているように思えてならない。







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