津田大介はSNSが流行らなければ、今でも売れないライターであっただろう。時代の流れが、それにフィットした人間を押し上げていくのである。ネットはもともとは一人遊びの世界であり、いわば多動性の空間だったのである。面白がるという感覚が支配していた。津田のようにソーシャルスキルが高い人間は、自分だけで盛り上がることはないし、津田がディスプレイの前ではしゃぎながらツイートしている様子はまったく思い浮かばない。津田のような落ち着きのある人間はポーカーフェイスで面白くはないのだが、SNSにはフィットしたのである。津田大介が立派な人間だということは決してあるまいし、裏では品性下劣であろうが、自分一人ではしゃいで面白がるというトラブルメーカー特有の気質がまったくないので、SNSではかなり有利である。SNSだけの時代という具合になったのは、面白がるというのが、面白いとイコールではないからである。SNSが最高というよりは、そうでないところが潰れたのである。10年以上前のフォーラムを思い浮かべれば明らかだが、面白がる気質の人の集まりになってしまうので、それが端から見ていてつまらないということになった。SNSが永遠かというと決してそういうことはあるまい。ひとりではしゃいでる人間よりは津田大介の方がマシという選択が働いただけであり、これは消去法、つまり面白がる人間が最悪であるとしてひとまず消去されただけであり、最終的な解答ということではない。フォローした人しか見えないというのがSNSの特徴だが、これはひとりで面白がってるつまらない人を排除出来る点ではいいが、本当に面白い人を発見できないという問題も孕んでいる。トラブルメーカーを排除した結果として無難な人だけが残ったのである。不謹慎なことをやればまとめブログで拡散されて炎上するが、誰のツイッターが面白いというところは注目されない。トラブルメーカーというのは、本人の感覚では面白くて仕方がないのであろうが、昨今の世の中では、そのズレに対する強烈な違和感が発生し、徹底した排除へと向かっている。これはネットでもリアルでも平仄を合わせている。ひとりで面白がる人間はどこまでも嫌悪され、無難な人が好まれるようになったのである。目立ちたがり屋の大半がつまらないから、美観を維持するために定型発達者だけが残され、整然とした世界を求める風潮が衰退する兆しはまったくない。ネットには編集者がいないから、没になるような作品がいくらでもアップされるのであるし、いわば大量の落選作による面制圧に倦いた感情が、フォローした人だけ見て無難な有視界飛行をするSNSの閉じた世界を生んだ。いずれ無難な人間のつまらなさへの反動として、目立ちたがり屋の人民戦線が組まれるであろうが、悪目立ちしてまとめブログで炎上することのダメージを考えると、しばらくレジームの転換は起こりそうにない。ひとびとが深夜放送を聴かなくなったのに、失言で炎上したことだけは知っているという状況は当分継続する。







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