ADHDが治らないのは、本人は気持ちよくて仕方がないからである。
多動性は気持ちがいいのである。
衝動的に暴れるのは楽しい。
言うまでもなく、他人から顰蹙を買うわけだし、暴れて楽しくても後で大変なことになるだろうが、それでも多動は楽しいのでやめられない。
自分の中で面白くて仕方がないのである。
ADHDは本人が楽しくても、まわりから見ればひとりではしゃいでる馬鹿なので、そのズレが人生を困難にするのだが、やはり快楽の断念というのは難しい。

注意欠陥にしても楽しいのであろう。
ぼんやりしているのは楽しいはずだ。
落ち着いて澄み渡った世界の方が素晴らしいのだが、ぼんやりした世界が好きなADHDに、それを伝えるのは難しい。

快楽というのは後からツケが回ってくることが頻繁にある。
多動性や注意欠陥の気持ちよさも、端から見ておかしいわけである。
まともな人は眉を顰めるし、DQNであればいじめるであろう。
ここでいじめる方が悪いという議論に持ち込むのは意味がない。
他人から見て変なのは確かなのだから、どういう対応を取られようが、一刻も早くやめるべきである。

ADHDはある程度は先天的なものだが、しかし貧困との相関が高いことからして、人間としての姿勢の問題も少なくはない。
床に転がってゴロゴロしたりそわそわしたりぼんやりするのは楽しいだろうが、これは昼間から酒を飲んでいるのと似たようなものである。
ADHDはしらふで酔っぱらいのようなことをやっているのだから、その快楽主義たるやどれだけ難じられても足りないであろう。
昼間から酒を飲んで酩酊するのが楽しいとわかってても、たいていの人はやらない。
くだらないことを繰り返して楽しい楽しいというのもわからなくはないが、アル中と同じである。
明晰な意識で世の中や他人に接するのが常識なのである。







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