われわれはこの肉体で世界を測っている。
この肉体の基準が当然だと考えているわけである。
チーターは時速100キロで走れるが、もし人間が同じように時速100キロで走れるなら、街の設計から交通機関の在り方まですべてが違っていたはずである。

われわれは現在の人間の身体の基準に合わせて世界を認識し、使いやすい街を設計するわけである。
現在の人間の身体能力が絶対ということはあるまいし、仮に肉体の標準規格が異なっていたら、物差しも違うわけである。

五感はまさに物差しであるが、これにしても絶対ではあるまい。
人間は紫外線が見えないが、他の生物は紫外線が見えているわけで、紫外線が見えない状態が絶対ということはない。
見えなければ紫外線が存在しないわけではないし、だからこそ日傘を差すのだが、その守るべき肌も物差しのひとつであろう。

かつては産褥熱で死亡する女性がたくさんいたのだが、これは細菌の存在が知られてなかったため医師が手を洗ってなかったからである。
細菌は目に見えないからスルーしていいわけではないのだ。

つまり人生や生活の快適さの中には健康(生命)という重大な問題も含まれる。
それも含んだ上で、肉体が物差しなのである。
食べるのが楽しいからと言って何でも食べていたら肥満の限りを尽くしていろんな病気になる。
食べる快楽と肥満のリスクを秤にかけるわけである。

とにかく何でもかんでも肉体が物差しである。
この物差しに逆らうと、病気と不幸に塗れることになる。







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