大人は子どもに対して友達を作れと繰り返すが、実は大人には友達がいない。大人になると友達はいなくなる。医者には医者の友達がいるし、官僚には官僚の友達がいるが、それを本当の友達と言うかどうかは疑問である。子どもという立場だから友達というのはあり得る。

さくら学院は赤字を承知の上で運営されており、まだ芸能界でのポジションが定まっていないモラトリアム期間だからこそ友情が成立する。中学生同士がいがみ合うとしても、それは社会的な争いではなく、社会から隔離された場の問題である。DQNの集まりであれ、さくら学院のお嬢様であれ、社会とは無関係の独立国家のような世界を生きている。だが、さくら学院を卒業して、芸能活動を本格的にやるとなればなかなか友達では無くなってしまう。社会の物差しで他人を見るようになるから、なんとなく疎遠になる。

武藤彩未ちゃんと中元すず香は、元からさして仲良くないはずだが、もはやまったく友達ではない。中元が官僚であるのに対して、彩未ちゃんは無位無官の浪人であり、学生気分が抜けないという扱いをされてしまう。一般人だと19歳なら学生気分が普通だが、芸能人はもはや大人の立ち位置を求められているのである。一般人が二十代半ばで経験することを早めに経験している。

さくら学院の友情というファンタジーにとどめを刺したのはKOBAMETALである。おとなたちが重音部(中元すず香)とバトン部(武藤彩未)に分けた時点ではひとつの模擬戦のつもりだったのだろうが、KOBAMETALは血で血を洗う民族浄化を断行したのである。KOBAMETALはベビメタを成功させた功労者である一方で、さくら学院のコンセプトを破壊した罪障深き人物である。KOBAMETAL+中元すず香の敵対的なやり方で、中元と武藤が仲良かったらそれこそ変である。KOBAMETALが水野由結ちゃんを完全にプロテクトして一秒たりとも武藤には使わせないという姿勢を取るのも、大人のビジネスとして当然ではあるのだろうが、このせいでさくら学院の友情ファンタジーは崩壊した。

三吉と松井がさくら学院の代表をやらされるのも、水野由結ちゃんをプロテクトしたいからだし、さくら学院校長がKOBAMETALに阿諛したからである。さくら学院校長がさくら学院の理念を撤回したのだ。中元が売れないせいでいろんな人が迷惑している。中元が単独で動員出来るなら、ゆいもあも解放されてみんなが幸せになれるのだが、これからも水野由結ちゃんを巡って見苦しい戦いをするしかない。







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