亀田興毅は亀田史郎を世界一の親父と呼ぶし、はるかぜ(娘)もおそらくババアを世界一のママと呼ぶであろう。
「うちの親は世界一」というのは人類普遍の病であり、人間誰もが主人公であるのと同じで、親は誰もがすごい人なのだが、どこまで病状を悪化させるかという問題であろう。
ひとりの人間なんてこの世界の部品のひとつでしかないという現実を認めたくはないので、自分が中心であると考えるのは自然であり、その主体性こそが人間たる本懐であり、人間という病気である。
「うちの親は世界一」というのは子どもが普遍的に思うことであろうから、必ずしも洗脳とは言えまいし、人類にあまねく広がる業病である。
人間が本質的にカルトなのである。
自分が主人公で親は王様なのである。
このシンボル性は誰も否定しえまい。
亀田ファミリーやはるかぜ親子はこのカルトをあまりにも強化しすぎた末期患者として好個の事例となるわけである。

子どもが苦手だという人がいるが、その理由の一つとして、子どもの前ですごい人として振る舞う自信がないというのもあるに違いない。
子どもなんて「すごい・すごくない」程度の判断基準しかない。
子どもの憧れの目線が失望に変わるのが面倒というのもある。
おそらく平凡という取り柄を持った人なら子どもに接しやすいはずである。
平凡な人間は自分が世界の主人公であるというファンタジーをかなり弱めて生きている。
その平凡さが緩衝剤となり、子どもとの関係を円滑にするはずだ。
平凡さを欠いている人格障害者は自己認識が肥大しているから、自分が主人公という設定をこじらせているし、親になるとしても親は世界一というファンタジーをそのままやるのである。
平凡な人だと親は世界一というのは子供用の設定として片付けるのだが、自尊心の肥大という疾患があると、そのカルト性がどこまでも版図を広げることになる。
これは本人が決して治さない病気である。
凡人であることを認めるのが治癒だとしたらそれを認めるわけがない。
どこまでも籠城し戦いを放棄することはない。







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