ベビメタのライブと言えば痴漢が風物詩となりつつある。凶相を浮かべた愚民がオールスタンディングでモッシュモッシュと素っ頓狂な声を上げながら暴れ回り、もはや音楽を聴くのが目的ではないから、その高揚感から女性の身体に手が伸びるわけである。中元すず香がフィジカルエリート特有のドブスになってしまったので、顔をじっくり見せたくないのだし、轟音を鳴り響かせるのも、中元の取り柄が声量しかないから、地響きのような演奏が必須であり、暴走族の集会でボーカルが通るのはすごいという怪しげなセミナーのノリを求められ、その暴力的な異常心理が猖獗を極め、黒檀の穢れが愚衆の心を蝕むように版図を広げ痴漢という行為につながる。椅子に座ってボーカルの顔を見ながら歌を聴くという基本的なことをやられると化けの皮が剥がれるのであるから、今後とも色情魔が乱痴気騒ぎを続けるしかない。いずれは圧死事故でも起こって新聞種となり解散するのであろうし、ゆいもあはいわくつきのアイドルということになるしかない。死人が出てもおかしくないのだから、痴漢被害くらいは我慢しろといいたげな狂気に戦慄する。この商業主義に与した愚かしい騒擾の首魁たるKOBAMETALはサイコパスであり、魔界と契約をした魔人と言えよう。彼にとっては人間がどうなろうとも鶏を闘わせている程度の感覚しかない。雑居房で囚人が暴れているような光景も退廃的な濁世に似つかわしい淫祠邪教なのであろう。それにしても女の身体にそんなに触りたいのかという疑問が生じてくる。エルンスト・マッハの感覚一元論を想起してもらいたい。この世界は五感で生成されている。五感が認識しない物理現象もあるが、それはまた別の話であり、たいていは五感の問題である。われわれは三次元空間を盲信しているが、これにしても触覚が大きな役割を果たしている。視覚は二次元から三次元を思い描いているだけだが、触覚は三次元そのものだ。女のおっぱいは触ってこそ三次元である。やわらかくて、それでいて張りがあるという不思議な感触を楽しむわけである。その触り心地は宇宙の真理ではない。あくまで人間の肉体の物差しで測ったものである。こういう手触りは決して宇宙普遍のものではなく、三次元空間という虚構を成り立たせる演出でしかない。ベビメタのファンがいずれ犯罪者として刑務所で生活するとして、その身体的な苦しみも肉体が生成しているに過ぎない。ならいいではないかという結論にもなるが、刑務に忙殺されていては心の想念からも隔絶されるであろう。痴漢をしている中元信者は、われわれ菊地最愛原理主義者が到達している山岳信仰の境地には一欠片も縁がないらしい。それは決して簡単な道のりではない。われわれの心を暗澹たる色で覆い尽くす峻険なる山並みを越えなければならない。その嶮岨な断崖を登攀し、われわれを蝕むディストピアの瘴気を振り払った時に、この宿痾というべき肉体の業病から逃れ、山紫水明の地たる三輪山を想見するのである。







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