実存を事実存在として考えるなら、人間の尊厳はまさに実存なのである。
尊厳は事実存在である。
何らかの形でカーストを背負っているのがわれわれの存在である。
尊厳の多寡こそが人間そのもの。
つまり空疎な観念ではなく、人間に血肉化した事実そのものなのである。
他人から侮辱されるのは、自分で転んで怪我をするのとは話が違う。
自分で転ぶのも事実だが、この事実は尊厳を含まない。
他人から侮辱されるのは証拠を掴まれたということなのである。
「恐くない」という証拠を掴まれたのである。
「恐い」とか「恐くない」というのは事実の問題である。
恐そうな人を敢えて挑発して、そのまま馬鹿にするのを貫いたら「恐くない」という事実を証明することが出来るが、相手はなりふり構わず全力で反撃してくるから、触らぬ神に祟り無しということになる。
タブーこそが尊厳の根幹なのだ。
侮辱というのは事実性が非常に強い。
転んで怪我をしたというのは歴史に残らないし、大怪我でもない限り本人もすぐに忘れてしまうであろう。
だが、侮辱というのは歴史の重大事件なのである。
侮辱されるのは実害があるのである。
「恐くない」ことが事実存在として立証されたわけだから、こいつは恐くないという扱いをされる。
これは当たり前の話なのだ。
どうやら「恐い」というのが尊厳の根幹であるらしい。







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