はるかぜ親子を見ていておかしいとか狂っているというのは簡単だが、最初に生まれた子どもを自分の後継者にするのは人間の基本であるように思える。
ババアが弟を放置しているのも、人類の長い歴史からすれば意外と普通かもしれないわけである。

たとえば医者が「おまえも医者になれ」と子どもにレールを敷くのは問題視されない。
人間の主体性の問題として言えば、この世に生を受けた時から医者になることが決まっているのも自由の簒奪であり、人権侵害であるはずだが、そういう指摘はなされない。
人生の成功者が成功を再生産するのは普通である。
はるかぜ(母親)は失敗の再生産だからやめておけと言われるわけである。
だが、人間の自意識の問題として、親の失敗を繰り返すのも人間的であるように思える。
自分の人生がいくら失敗だからと言って、別の人間にはなりたくないのだし、その同一性へのこだわりから同じ失敗を反復するのだ。
どれだけ苦しい人生でも別人にだけはなりたくないという業病が人間存在である。

この失敗というのは、端から見た場合の話であり、本人としては失敗プロジェクトを今度は成功させるということである。
失敗したプロジェクトをもう一度やってもたいていは失敗だと思うのだが、未来は不確定である。
失敗したからこそもう一度やるというのが人間の同一性から反復される自意識の病である。
どちらにせよ同一性の維持が問題なのである。
親の人生と子どもの人生には連続性がなければならない。
ここ最近になってようやく子どもの人生は子どものものだと言われるようになっただけで、半世紀くらい前までは親の人生を繰り返すことが求められていた。
現在の世界は職業選択の自由をタテマエとしているが、やはりアッパークラスは普通に世襲であるし、あくまで職業差別の禁止という文脈の問題なのである。







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