現在という時間も記憶である。
一秒前だって過去である。
現在と一秒前が現在として地続きに思えるのは、細切れにならないように脳が繋げているのだろうと思われる。
短期記憶やワーキングメモリーという概念はまだはっきりとは分かっていないが、やはりこの現在も記憶なのである。

われわれは現在が「生」で過去が「録画」という認識をしているが、これは正しくないであろう。
現在こそが「生」であり、過去が不鮮明な録画に思えるのは、記憶の劣化の問題であり、どちらも五感を通した現象世界であることは明らかである。
本当は生中継と録画中継くらいの違いしかないのだが、この過去の録画が不明瞭なので現在が優先される。

他人と会話しているような状況を考えると、この現在という仕組みはずいぶん不思議なものである。
われわれは脳の仕組みが同じだから時間の流れ方も同じであろうし、他人と同期も取れているのであろうが、時間を止めた状態の出来事というのは、ほとんどないわけである。
瞬間というものを止まっている状態だと考えると、「飛んでいる矢は止まっている」というゼノンの詭弁と同じになるであろう。
おそらく停止している瞬間というのはない。
われわれは現在という時間の体感に馴染んでいるので、これを不思議に思うことは滅多にないが、あらゆる現象は時間の流れを前提としているのである。
これは脳の外側の問題ではなく、脳の問題と言うしかないであろう。
脳の外側で何かが流れているわけではないので、すべての体験が時間的なのは脳の仕組みなのである。







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