幸福や不幸のない生物は可能であろうか、と疑問に思うわけである。植物を生物として考えればもちろん可能ではあるが、やはり自意識あっての生物であろう。

たとえば体温計に自意識を持たせるとする。暖かい、冷たいという感覚を持たせるとする。この温度しか感覚がないとしよう。これが幸福と不幸に紐付けられるなら自意識なのである。

喜びも悲しみもない自意識があるとすれば、そこには物事への成功と失敗がないはずである。成功して嬉しい、失敗して悲しいということもない。われわれ人間はあまりにも成功と失敗という概念に馴染んでおり、快も不快もない世界認識となると植物と同じではないかと思える。成功も失敗もないのなら、目的自体が存在しない。人間が人生の目的について思い悩むことがあるのも、QOLを向上させる以外に何も目的がないからである。幸福への道筋が杳として知れない時は、虚無を前にして戦きながら蹌踉するしかないのである。

この地球という辺境の惑星の穢土に蠢く生き物が宇宙の真理の由緒正しい出自を持っているはずはないが、生物の特徴は被造物であることだから、宇宙の根源に至る目的は無くていいわけである。かなり狭い環境世界が箱庭としてあればいい。体温計が暖かい冷たいを感じるとすれば、その感覚が究極的な真理である必要はなく、むしろ彼にとっての現象世界が生成されればいいわけである。高熱を心配するとは限らないし、患者から血腥い死臭が漂っても気付かないであろうが、人間の五感だってずいぶん拙いのであるから似たような話である。







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