はるかぜのようななんら特技を持たない人種ほどおもしろいことをやりたがる。吉本興業の養成所ビジネスが病根の一つであろうが、落ちこぼれが面白い人間になろうと戯れ言を放電し続けるわけである。放電とは雑念であるから、それを停止することで勉強を開始することが出来るのだが、なにしろ愚にも付かない雑念が面白くて仕方ないらしい。声優というのも特技がない人に向けた養成所ビジネスであるし、能無しが思いつくのが声優とお笑いなのである。何年かしてそれが頓挫すれば今度はクリエイター志望なのであろう。こういう愚かな人間を見やると、やはり平凡さというのはひとつの特技であると思う。普通の人であるという理由で賛美され名士として自分の銅像の除幕式に立ち会うことはあるまいが、毒にも薬にもならない無難なパーソナリティーは長所である。ネットというのは馬鹿の頭の中身が見えてしまうので、絶句する機会がどれだけあるかわからない。馬鹿と言ってもいろいろあるだろうが、ネットで可視化される馬鹿というのは「面白い人」なのである。数学の問題を解かされることはないので、どれだけ知力が低くてもおとなしくしていれば馬鹿でもバレない。多動性に突き動かされて奇妙なことを繰り返すから馬鹿が露呈するのである。これを恥じるどころかいかにも愉快で喜悦に満ちあふれている様子であり、しらふであるのに大衆酒場で飲んだくれてる親父と大差ない。

たまたまはるかぜを事例に出したが、ネットはこういうのばかりである。どこでもこの類の馬鹿の笑い声が響いている。なんのセンスもない人が面白い人間になろうと頑張り、ひとびとから向けられる冷たい目線も意に介さない。現実世界で面白いことをするのは綱渡りである。滑ったことをやっても肉体がコンクリートに打ち付けられて血腥い瘴気が漂うわけではないが、痛い人というイメージと紐付けられ、その後の人間関係にとって拭い去れない後患となる。ネットだと寒い言動を繰り返しても「荒らし」としてキャラを立てることも可能であるから、根絶やしには出来ない。浮浪児を集めた感化院で風紀が紊乱するのは当然とも言えるし、高級な人はSNSに逃げたが、誰もが集まる中央広場は「面白い人」に占拠されて酸鼻を極めている。コミュニティーが死に至るという問題への解決策がまとめブログだったのであろうし、たぶん獄卒のような役割を果たしているのだろう。







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