われわれが世界について語ろうとすると、どうしても「多い」とか「少ない」と言ってしまう。これは仕方がないのである。森羅万象を把握しているわけではなく、自分の肉体周辺のことしか知らないから、漠然としたイメージで「多い」とか「少ない」と言うしかないのである。決してデータを精査した上で発言しているのではなく、主観的な頻度しかわからないのだ。「増えた」とか「減った」も同じだが、データで示せなくてもわれわれはこの類の言葉を用いる。これがわれわれの世界認識の本質である。真言密教の悟りを開き大日如来に至るのであれば、森羅万象があまねく曼荼羅として立ち現れるのであるし、「多い」とか「少ない」という曖昧なワーディングとは訣別出来るのだが、いまだその境地に至らないので、この頭部に付いている貧しい器官で狭隘な世界を見やり、見えない部分は伝聞と想像で補い、「多い」とか「少ない」とか大雑把な感覚で語るしかないのである。都会で暮らしていても森羅万象とは隔たっており、深山幽谷の地で草庵を結んでいるのと変わりがない。たとえばどの商品がどれだけ売れているとかメーカーでは厳密な数字がわかっていても、世間に公表するとは限らない。もしくは性の問題を調べるとして、今までに何人とセックスしたか正直に言ってくれるならデータとして扱えるが、たいていは口が裂けても言わないか、見栄を張ったり猫被りはするであろうし、いろんな理由で自分の情報は出さない。誰もが行住坐臥のすべてを開けっぴろげにするなら他者性などあるまいし、いろんなことが秘匿されているのは個人を成り立たせるための根幹であるが、ともかく無関係の第三者として調べられることはかなり限られているから、「多い」とか「少ない」という漠たる世界観が精一杯なのである。世界は完全情報ゲームではなく、ほとんどのカードは伏せられている。他人の手札が見えないのに多いとか少ないとか言っているのだから、われわれの世界認識は粗雑の極みである。







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