書籍が実売で100万部売れることがあったとしても、国民の一パーセントしか読んでない。もしくは買っても読まない人だっているだろう。だが、われわれはベストセラーのタイトルだけは知っているのである。これが世界認識の本質である。中身は知らないがタイトルだけは知っている。万巻の書を読み尽くしたいが、それは出来ないので、タイトルだけ知って読んだつもりになるしかない。名作映画のタイトルだってみんな知っているだろう。中身まで見ている時間はないので、タイトルから中身を想像して理解したつもりになるのである。映画の感想を聴くくらいなら僅かの時間であるから、その耳学問で見たつもりになる。作品名にせよ人物名にせよ、固有名詞をわれわれはたくさん知っているが、その中身を子細には知らない。人間の頭の中は用語事典のようになっていて、固有名詞に数行の表層的な説明が記述されているのである。見ていない名作映画のタイトルとあらすじだけ知っている状態が望ましいのか、それは何とも言えないが、どちらにせよ脳の限界であるからわれわれが克服できる課題ではない。普通名詞も含め、そういう言語体系の中に住んでいるのである。同世代ならほとんど同じ辞書が頭の中で作られている。同じインデックスで言語体系が区切られていると思いこんでいるから、老境にさしかかったオッサンが若者と話していて、自分の辞書の項目の古さにカルチャーショックを受けたりするが、世代によって微妙に版が異なるという程度であり、この論考の文脈においては無視できる誤差だと言っていいであろう。社会の変化に従って痕跡器官のような死語がちらほらと出てくるだけであり、言葉の体系が崩壊したわけではない。人間はいろんなものに名前を付けるわけだが、現象世界が立ち現れる仕組み自体は人類共通であるから、だいたい似たような索引になる。知能程度の差や難解な語彙の差はあるとしても、ありふれた名詞はみんな知っている。本当に理解してようやく名札が付けられるというのなら、言葉など使えない。目鼻立ちが定かではないぼんやりとした事象にこそラベルが必要なのである。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング