幸福論と銘打たれるとたいていつまらないのは、どうしてもローリスク・ローリターンな人生を推奨するからである。殺るか殺られるか、生きるか死ぬかという人生が美化されるとして、それを幸福論と呼ぶことはあるまい。つまり幸福がテーマになると、人生観のうちかなり穏健なものを語るわけである。思想は極端に走った方が面白い。極楽浄土で美女に囲まれるか、地獄の業火に焼かれるか、その両極端さが感覚にフィットする。出家して俗縁を断ち深山幽谷の地に草庵を構えるのは、暮らしは辛苦ではあれども宗教的な満足感は多いはずである。修行は苦痛でありながらもそこには超越的な至福があり、マゾヒズムとして快楽と気脈を通じる。マゾヒズムとは何かと言うなら、それは現在が苦痛であるほど未来の快楽が増えるという信仰である。現在と未来の比較考量を行いながら人間は生きているのだが、そのロジックが過激になった状態である。死が重いからには天国があるはずだと祈願するのである。宗教家や信徒は日常世界-超越世界という対立軸の中で後者を住み処としているのだが、決して超人となったわけではないし、あくまで宗教という物語を生きているだけであり、天国が確約されているわけではないから、その欺瞞に葛藤や不満も溜まるであろう。山奥でおとなしくしていればいいが、俗世に降りてきてテロリストになることもあるわけだ。殉教者というマゾヒズムの物語性においては、銃で撃たれる痛みや、肉片として散り散りになる血腥い結末さえ快楽に変わる。宗教は阿片であると言ったマルクスを教説として崇めたひとたちも北朝鮮を地上の楽園だと称美して紅い旗を振っていたのだから、人間は悪魔に魅入られないと気が済まないらしい。美について思い詰めると暗黒の思想に辿り着くと三島由紀夫は書いたが、金色燦爛たる世界を求めるとろくなことがない。







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