人間を一般化するなという意見があるが、地球人類70億人のうちどれだけに会ったことがあるのか、というより、人類のほとんどと会う機会はない。これで多様性どうこう言う方がおかしいし、乙武のようなどす黒い偽善者に任せておけばいい。儀礼的無関心を貫くのもルールであるから、それなりに素顔で接する相手の数は極めて少なく、近似値としては0である。人跡未踏の地を探検しているのではないから、すでに知られている傾向を分析して先入観で接するのが当然であり、新しく誰かに接するたびに正体不明の生物に出会うようなことではない。さて、傾向として男は馬鹿である。では女は利口かというと、これも何とも言えず、馬鹿とはまた別の意味で認識がおかしいのである。端的に言えば、気位が高く、現実を決して認めまいという姿勢である。40過ぎて婚活してるおばさんとか、馬鹿と言えば馬鹿なのだろうが、男の馬鹿とはたぶん性質が違っているし、決してドンキホーテのように無謀に婚活しているのではなく、荒唐無稽なファンタジーを信じているのである。女の方が周辺視野が広いのははっきりしており、だいたい10代だと、女の方が現実をよくわきまえてしっかりしているが、このような柔軟な現実感覚を女は加齢とともに失うのであり、いろいろと嘘の自分語りを始め、見栄を張ったニセモノの世界を生きるようになる。教育ママという人種にしても、若い頃は知性的なことに興味などなかっただろうし、ガリ勉の男子なんて大嫌いだったはずなのに、自分の息子をそうしようとするから憎しみが生じる。妙齢になると理想的な結婚生活を考えて、自慢できるような旦那がいいとか、子どもを自慢できるようなガリ勉にしたいとか、このあたりの見栄から、少女の頃は普通にあったはずのソーシャルスキルを失う。視野が広かったり察しがいいのが少女の魅力なのだが、おばさんになるとそれが失われてしまう。この無垢なる少女の聡明さは娼婦としての勘のよさでしかないのかもしれないが、認識能力そのものが落ちるとは思えないから、見栄っ張りという怪物のおそろしさである。男だって見栄は張るが、自覚はあるのだし、みじめな半生や憐憫に値する侘びしい現状を正直に語って場を重苦しくすることもあるまい。おばさんの見栄っ張りは自分で自分を騙すので、発達障害とはまた別のおかしな人となるのである。ゴミ屋敷でお姫様の格好をしているのが女なのだ。







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