個人主義か集団主義かという対概念で完全に区別できるわけではないが、このところの世の中は集団主義なのである。
一億人が全部同じことをやるという集団主義ではなく、それぞれのクラスタでのチームプレーが重んじられる。
個人主義-集団主義という対概念が単純に機能しなくなったと言ってもいいが、古典的な個人主義は消滅している。

かつては家が近所というだけで何十年も毎日毎日顔をつきあわせてずっと世間話をしなければならなかったが、その類のノルマは軽減している。
そのような固定的な関係に縛られない自由なサークル活動にシフトしているとも言えるが、この新しい集団主義はソーシャルというしかないのであろう。

昔の世の中の方が個人主義は重んじられていた。
要領が悪いというのが好ましく思われることもあったのである。
ソーシャルスキルというのは自分が得をする能力であるから、この新自由主義社会では礼賛されるが、昔の世の中だと要領がいい人間は「自分だけが得をしている」という誹りを受けていたのである。

このところは熟練工というのが消えつつあり、単純作業に分解されつつあるが、実は単純作業は単純ではなく、知力や専門知識はなくてもいいが、チームプレーをこなす察しのよさが求められる。
ソーシャルという新たな集団主義が21世紀の根幹であるから、要領が悪いのはどこからどう見ても欠陥でしかない。

未だに古くさいのが学校のクラスであり、同じクラスだと友達になるノルマがある。
そういう親や教師のセッティングは死んでいない。
同じクラスで同じ部活で家が近所で、でも友達ではないというのはなかなか難しい。
なぜここだけ古くさい集団主義が残っているのか、というのは現代に課せられた宿題であろう。







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