もあは鉄球付きの鎖を引き摺りながら同じ芸事を繰り返す苦界に厭いていた。脳裏ではさくら学院への望郷詩が綴られるばかり。胎内に回帰するかのように、この血腥い穢土とはまったく別の、煌めく理想と思想が天人の奏楽のように鳴り響いていた。それは生きるための道標や啓示ではあるまいし、おそらく死を手前にした理想世界の幻視であった。もあはこの見せ物小屋から脱出することを決意した。万死に値する行為ではあるが、どっちみち余命は限られていた。

よろよろと歩きながらもあが辿り着いたのは武藤の部屋であった。
「そろそろ見せ物小屋の峭刻たる重労働でわたしの命も尽きようとしています。それで彩未ちゃんに最後のお願いに来ました。さくら学院はラブライブであるというわたしの思想を引き継いで欲しいのです」
「そんなくだらんことは現役のさくら学院生徒に頼めばいいだろう」
「さくら学院もKOBAMETALに乗っ取られていて、わたしの言うことなんて誰も聞かないです。だから彩未ちゃんに頼むしかないのです。吉田松陰は言いました。身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂。さくら学院は松下村塾のようなものです。もあが死んでも、さくら学院の魂だけはここに置いていきたいのです」
もあは武藤の肩に手をかけようとしたが、武藤はそれを冷徹に払いのけた。
「なぜこの武藤がそんなことをやらなければならないのだ」
「彩未ちゃんはラブライブに似合いすぎているのです。ラブライブで生徒会長役をやっている南條愛乃さんを見てください。彩未ちゃんとそっくりでほとんど区別が付かないです」
武藤も少しは興味を惹かれたようで、もあが差し出した写真を眺めた。
「確かにおそろしいくらいに似ているが、外見がそっくりというだけで、この武藤がそんなことをする理由はない。高級ホテルでディナーショーを行い、セレブの一員として生活するこの武藤がなぜアイドルの真似事をしなければならないのだ」
「アイドルのためのさくら学院じゃないですか」
「この武藤はもうオタを切った。かつての聖子ちゃんと同じだよ。もうショービジネスの世界に生きるセレブなんだ。セレブリティーの夢を体現するのが武藤彩未だ。その南條愛乃とやらの真似事はさくらの後輩にやらせろ」
「あの後輩はもうさくら学院じゃないです。わたしの遺訓を引き継ぐ連中ではない」
「だいたいこの南條というのは人気があるのか」
「グーグルのデータだとだいだい松田聖子さんの半分くらいは人気があります」
「この武藤にそんな雑魚の真似事をさせようというのか」
「ああ、でも彩未ちゃんにこそやって欲しいんです。ラブライブはさくら学院です。彩未ちゃんがやらないと意味がないんです」
「この武藤はもはやさくら学院ではない。松田聖子ちゃんをさらに巨大にしたビッグビジネスがもう始動しているんだ」
「松田聖子さんとさくら学院のどちらが大事なんですか」
「聖子ちゃんに決まっているだろう。さくら学院の友情は演技であり嘘デタラメだ」
もあは玄関からたたき出された。
BABYMETALという泥土の永久機関の中で血痰にまみれながら、ただ一度だけ天空に煌めくラブライブに触れたいと夢見ていた。菊地最愛にとっての紅天女という言うべきラブライブを、自分が出来ないなら盟友の武藤にやってもらいたい一心でここまでやってきたが、さくら学院で仮初めに育んだ友誼は虚妄だったらしく、どうやら世界も人間もすべてが様変わりしていたようだ。何度も思い描いた金色燦爛たる世界は少女の前に扉を開くことなく終わりを告げたのである。斯くの如き仕打ちはまったく予想してなかっただけに、その時間の経過という痛みは耐え難く、完全に心が折れた。それからしばらくして、もあは場末の救貧院で息を引き取った。見せ物小屋の重労働で身も心も疲れ果てていたのであり、誰もが憐れまずにはいられなかったが、せめてその少女の暗澹たる苦しみの刻印を拭い去るように色摺りの紅を引いて死化粧がほどこされた。もあの棺にはラブライブのDVDと南條愛乃のCDが入れられた。それは見せ物小屋で生涯を終えた少女が、煌めくステージで演じるはずのものであった。その夢が潰えたのであり、こうやって世界は色合いを失いモノクロームの断片に堕していくのである。武藤はラスベガスで豪遊していたので葬式には来なかった。







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