この世はゼロサムゲームなのだから、ごく少数の人にしか余裕はない。
差し迫っているのが人生である。
境遇に恵まれない人の方が差し迫った感じは強くなるが、だからこそわれわれは金持ちになりたがるわけである。
人生は誰にでも差し迫ってくるが、その差し迫り方の強弱は経済力に依存することが多いため、その圧力から遁れるために金が欲しい、となる。

人生は退避は出来ないのである。
時たま人生に参加して、疲れたら人生の外側でゆったりと休憩するわけにはいかない。
たとえば何かのテレビ番組の企画で無人島生活をするタレントと、本当に大災害にあった被災者では話が違うわけである。
前者はリタイアできるが、後者はリタイア出来ない。
もちろん被災者であっても自殺というリタイア手段はあるのだが、ともかく自殺という選択を除外すると、リタイア不能なのである。

金持ちであれば、被災したら高級ホテルに泊まるであろうし、むしろ金があるならホテルに移動してくれないと困るのだが、それはともかく、金に余裕のない庶民であれば被災者という立場からリタイアすることは出来ない。
この場合で言うと、どちらが人生の本質だろうか、と思うわけである。
被災して被災者として暮らすのと、高級ホテルに移動するのとでは、前者の方が人生という気もするわけである。
もちろん高級ホテルに移動する金が欲しいと誰もが思うだろうが、そういう金持ち特有の解決が出来ないのが普通である。
また差し迫ってくる嫌なイベントから逃げたいと思うからこそ人生であろう。
何が何でも避けたいと思うものを避けられないのが人生であり、それを避けられる恵まれた階級になることを切望するのだが、大半はそこに至れないのが人生なのである。







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