われわれがパソコンに文字を打ちこむ時に、筋肉や骨の動きの細かい仕組みは意識していない。
イメージで動かしているわけである。
右手を伸ばして食べ物を摘んで食べるとして、それは頭でイメージすると身体がそう動くわけである。
テレパシーで動かしているのと似たようなものである。

われわれは身体感覚があるつもりだが、ほとんどが皮膚感覚であるし、たいていのことは無感覚である。
たとえば尿意というシグナルはあるが、腎臓が尿を作るプロセスについて感覚が伝えてくることはない。
腹が減ったら空腹になるのも、機械に付いている赤ランプのようなものであろう。
われわれはこの赤ランプや緑ランプを見て、人体について知ったつもりなのである。

人体解剖はするのであるし、近代医学で細かく研究されているだろうから、機能の仕組みはわかるにせよ、感覚のシグナルとしては伝達されてこない。
学理として仔細に説明されるとしても、無感覚であることに変わりはない。
人体解剖してようやくわかることばかりであり、感覚としてはわからないことばかりである。

肉体の快楽と苦痛があまりにも強いから、まさに自分の肉体を生きているという実感はあるわけだが、それだけなのである。
「いい臭い」と「いやな臭い」があるわけだが、宇宙の真理として天地開闢からそれが決まっているとは思えないし、おそらく臭いそのものはありはしない。
感覚が作り出したシグナルでしかないのである。

われわれは肉体そのものには接してないと言ってもいいのである。
仮想的に感覚で作られた身体イメージがあり、それを操作しているだけである。
肉体を動かすのがめんどうな時が多々あるわけだし、作業が苦痛であることも普通だが、こういう重苦しい感覚があるから実在感があり、しんどいからこそ、自分自身が動かしていると思うわけである。
この肉体のしんどさがなければ、ラジコンを操縦してるのと大差ないはずだ。







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