どうも「経験」という用語がわかりづらいので、これを空想体験と実体験に分けてみよう。
どちらも視覚を中心とした同じ世界認識の方法に従っている。
そういう意味では、空想体験も実体験もフォーマットとしては同一なのである。
もちろん普通の言葉の使い方としては実体験こそが経験なのであり、実体験がなければ未経験となるが、経験という仕組みを根底から考えるとなると、空想や想像も、実体験と似通ったものとして並べていいのである。

実体験は事実であるが、空想は事実ではない。
それだけのことである。
道重さゆみちゃんとセックスするところを空想することはできる。
それは実体験とある意味同じなのである。
空想だと感覚の発動の強度の問題があり、実体験のような生々しさに欠けるから、本当の満足は得られないが、とはいえ、現象のフォーマットとしては空想体験と実体験は同じである。

何が言いたいかというと、感覚が光を検出して現すのに視覚である必要はない。
物体の位置関係を把握するために光を利用するとしても、それを検知してアウトプットするのが視覚である必然性はない。
視覚より高度な現象世界だってあり得るはずだ。
われわれはそれをまったくイメージできない。
物体の位置関係を視覚で捉えるのが当然だと考えているし、こういう現象世界しか知らないのである。
われわれとまったく仕組みが違う宇宙人はもっと高度なやり方で世界認識をしているかもしれないから、その意味で言えば、実体験と空想体験は大差がないのである。







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