アーティストイメージを売る時代である。1990年代はCDが馬鹿みたいに売れたし、嫌いなアーティストのCDでも平気で買っていた。試聴などしないのが当然であり、むしろジャケ買いして中身に期待を膨らませたものである。音楽がデジタル化されてからネットが普及するまでタイムラグがあったわけで、その隙間のような時代だった90年代は、キャッチーなメロディーでさえあれば、それだけで売れた。

2015年現在において、われわれが好きでもないアーティストのCDを買うことはあり得ない。それどころか好きなアーティストのCDでさえ買わない。このような猖獗極まる血腥い戦況において大きく勢いを伸ばしてきたのがアミューズという会社である。やっている音楽は取るに足らない出来映えであり塵芥でしかないが、劣悪な音楽性に分不相応な高級なアーティストイメージだけは持っている連中が勢揃いしている。端的に言えば音楽が売れないからアーティストのグッズ販売をするわけであり、それに適応したアミューズは圧倒的な勝利を収めたのである。BABYMETALがあちこちのメディアで賞を貰ったりしているのもアーティストイメージを高めるためである。音楽が売れても雀の涙だが、グッズ販売は儲かりすぎて笑いが止まらないであろうし、音楽的な興味が失われようとも痛痒すら感じていない。90年代のCDバブルの頃ならこんなやり方はあり得ないが、2015年現在では最適解なのだ。

アミューズではないアーティストでそれに成功したのが大原櫻子である。いつもギター持ってるからさぞかし弾けるのかと思ったらギター初心者であるし、本人はずいぶん粗悪品である。ミステリアスな稀覯書を紐解いてみたら、至って凡庸極まりない記述しか無かったわけである。有象無象の一員として埋もれるのが似つかわしい女が、曖昧模糊とした好感度で声望を高め、紅白の舞台まで踏むのであるから、これは非アミューズでありながら、アミューズ商法を上手く模倣したと言える。アミューズ商法はアミューズの特権ではないし、もう音楽などどうでもいいから底上げしたアーティストイメージでビジネスをするという発想は、これから版図を広げる一方になる。音楽文化は危殆に瀕しているが、われわれ消費者が音楽データにお金を払わず、物として形のあるグッズだけ買うのだから、悲憤慷慨を縷々と綴る資格があるのかどうかは知らないし、どのような教誨師もこの風潮は変えられまいが、ただひたすら大原櫻子のくだらなさに愕然としており、これが音楽産業が行き着いた終の棲家なのかと愁傷にひたっている。

わたしが気になっているのは、どうも武藤彩未さんのスタッフが大原櫻子の路線を意識していると窺えることである。これは無理である。大原櫻子は誇大なイメージでうまく成り上がったが、これは色が付いてない未知の素材だから世間を騙せたのであり、華々しいデビューが実らなかった武藤さんが再チャレンジとして大原櫻子をやるのは無理がある。

なお、ギターに関しては続けるべきであり、小さい頃に音楽教育を受けて無くても、たまたま適性があれば作曲はできる。わたしも高校生くらいからエレキギターを始めて、下手くそなので挫折してしまったが、なぜか20歳あたりから勝手に音楽が浮かんでくるようになったので、それは譜面に書き留めてある。譜面を読めるという言い方があるが、これは音楽教育を受けてないと無理である。だが頭に思い浮かんだメロディーを楽器で確認して譜面に書き残すくらいは素人でも普通にできる。編曲は小さい頃から音楽をやってないと難しいが、作曲はできる場合もある。これはたまたま適性があるかどうかである。そこらへんの小汚いおっさんでもMIDIくらいやってるから、誰でもできるわけではないにしても、さしてレアな能力ではない。わたしの場合は、書き留めて寝かせておくしかないが、武藤彩未さんの場合は、アミューズ所属であるから、何か曲が思い浮かべばプロのアレンジャーが完成させてくれる。もしくは決まり切ったギターのコードを弾きながら凡庸なメロディーを口ずさんでもいいのだし、アミューズならそれが丁度いいであろう。

どちらにせよ、デビューに失敗した武藤彩未さんが松田聖子とか大原櫻子をイメージしているのは、いろいろと考えさせられる問題である。痩せていた頃の武藤さんは南條愛乃と外見的特徴が似通っているので、大原櫻子のような粗悪品よりは、南條さんのような本当に素晴らしいアイドルを目指した方がいいはずだが、前述したようにアーティストイメージを売るのがアミューズ社であり、株価もかなり好調なのだから、そのビジネス戦略を見直すことはあるまい。ベビメタはもはやTシャツを売るための装置であり、音楽への意欲などないのは明白である。もあちゃんが監禁されているので、武藤さんが南條愛乃をやってくれると有り難いのだが、なかなか難しいのであろう。われわれとしては、ゆいもあ不在の大空位時代において、代替品として南條愛乃を応援して雨露を凌げばいいのではあるが、さくら学院をラブライブにするというもあちゃんの思想を実現するためには、初代生徒会長である武藤さんが南條愛乃になってくれた方が、われわれ菊地最愛原理主義者にとっても理想的である。武藤さんはアイドルと名乗っている人の中では最も歌唱力があり、もちろん南條さんよりずっと上手い。アイドルと名乗ってない歌手の人だとかなり次元が違うので、そこで通用するレベルではないが、南條さんよりは確実に上手いはずなので、あとは見映えの問題であろう。というか、31歳の南條さんの方が19歳の武藤さんよりよく見えるというのは、いったいどういうことなのだろう。このところ水野由結ちゃんはげっそりと痩せており、まるで貧血質の少女のような不健康な体躯であるし、腕などは筋肉が削げ落ちて骨と皮だけという印象である。レディ・ガガの前座に出ることになってさくら学院のTOKYO IDOL FESTIVALを欠席したことがあったが、ゆいちゃんは泣き腫らしていたという。ベビメタの活動が大好きということはあるまいし、多感な少女としていろいろ悩むところはあるだろう。水野由結ちゃんと武藤彩未さんは幼少期から友誼を結びお揃いの衣裳を着て遊びに行くような関係だったわけだが、それがゆえにアミューズ社からいろいろな制限を課せられているであろうし、ゆいもあ解放への道はあまりにも嶮岨である。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング