歴史の本を読んでいると讒言(ざんげん)という言葉がよく使われているわけである。
権力者にいろいろと吹き込んで、それで政敵を追い落としたりするのだ。
こんな簡単に伝聞を信じる暗君だらけなのが不思議でもあるのだが、よくよく考えれば、われわれは世界のほとんどを見てないので伝聞で生きているわけである。
伝聞だからという理由で却けるわけにはいかない。

乙武が奥さんではない女を連れてエレベーターがないビルの飲食店に入ろうとして揉めて、その店名を晒して顰蹙を買ったことがあった。
これも乙武は女からの伝聞で怒り狂ったのである。
乙武はあの重たい車椅子でずっと一階にいたのだから、二階の飲食店で女がいろいろ交渉していた経過は見てないわけである。
その女が泣いていたというだけなのだ。
女は簡単に泣けるので、ここは何とも言えないが、ともかく乙武は怒髪天を衝いたのである。
もし乙武が二階での出来事の経過を見ていたら、色情魔の本性を世間に晒す必要はなかったかもしれない。

人間はむしろ伝聞の方が激怒できるのかもしれない。
自分が実際に見た出来事よりは、伝聞で頭に思い描く場合の方が、正義感が発動されやすい気がする。
そもそも犬や猫や、もしくは猿でも伝聞はないわけである。
言葉があるから伝聞があるわけだ。
人間以外は伝聞のない世界を生きており、自分が居合わせた出来事しか知らないのである。
人間は自分が体験してないことでも伝聞で理解できるので、いろいろと情報豊かな世界観を得られるのだが、なぜか伝聞の方が怒りが発動しやすいこともあり、デマで暴動や虐殺が起こることだってある。







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