われわれが使っている単語は、ニュートラルなものもあるが、プラスやマイナスの価値判断を含んでいるものが少なくない。
このマイナスの価値判断を含む用語は、蔑みとして使われることもある。
われわれがこの2015年現在において蔑視として使っている言葉も、いずれは差別と言われたりするかもしれないわけだ。
蔑視と差別は似たようなものであるし、はっきりとした線引きが出来ないが、たとえばわれわれは「キラキラネーム」という単語を蔑視のために用いている。
当て字に抵抗感がないDQN層がキラキラネームを付けるわけで、漢字の正しい使い方が徹底している家庭ではまずは付けない。
今のところキラキラネームという単語が差別用語と言われることはないし、親に変な名前を付けられた連中を揶揄する言葉として普通に使われている。
こういうのでも、人を名前で差別するのはよくないという論理はあり得るわけだ。
今は当たり前のように「キラキラネーム」を馬鹿にしているが、いずれこれが差別用語と言われる可能性もないとは言えない。
もちろん、そういう時代が確実に来るわけではないし、むしろDQNのしぶとさは永遠であろうし、ここを徹底的に保護して教育することはあるまい。
あくまで喩えとして、キラキラネームを差別用語だとするのも可能ではあると言ってみただけである。
どちらにせよ時代を整理するために、蔑みの言葉を差別用語と見なして過去の遺物にするのが人権社会である。
何らかの対象を蔑視する風潮を歴史的な過去に追いやるのである。
蔑みを含んだ言葉を禁止して、ニュートラルな新語に入れ替えるわけである。
現在は公然と使われている罵倒語も時代が大きく変化すれば、差別用語と言われる可能性もあるわけだ。
そうやって後世の人が歴史の重みを背負っていくのである。
ハゲという言葉がいずれ差別用語とされるかもしれないし、そうなるとこれまでわれわれがハゲを馬鹿にしてきた重みを後世の人が背負うわけである。
その差別の歴史の重みとはなんぞや、というと今ひとつわかりづらいが、現在は馬鹿にされているハゲの人の無念さに後世の人が思いを馳せ、菩提を弔うわけである。
そしてそうなっても未だにハゲを馬鹿にする人がいれば、その溜まりに溜まった恨みの歴史的重みすべてを背負わされて糾弾されるのだ。







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