未来は未開拓地であり、10年後の世界は誰も知らない。
とはいえ、個々人のスペックに関しては固定されているので、そこは正体がバレている。
フリーターの人が10年後もフリーターであることは確定している。
どこでアルバイトをしているかまでは予見できないが、フリーターであることは予見できる。
世界が複雑系であるのに対して、個々人のスペックはだいたい固定であるから流動性はない。
そこらへんのオッサンがいきなりサッカーの天才になって世界的スターになるとか、そういうことはないわけだ。
世界がどれだけ変わろうとも、自分がたいしたことないのに変わりはない、もしくはハイスペックな人なら10年後もハイスペックであろう。

人間が10代後半あたりで自我に目覚めるのは、おそらく、そこに至るまではかなり多くの夢想に囚われているからである。
中学生なら中学生の閉じた世界を生きている。
10代後半ともなると、肉体の成長が止まり自分の実像と向き合わされることで、描いていたイメージが破綻して思い悩むわけである。
個人個人の性能が固定されているという人間の根本問題に行き当たるわけである。
個人個人のポテンシャルは周囲にはわかっており、幼少期であろうとも、端から見ていれば見当が付くのだが、個人としては考えまいし、また親の欲目により謬見が発生することもある。

生まれた段階で終戦していると考えるのが妥当なのだが、個人としては、それに耐えられないので、これまでのは前哨戦に過ぎなかったと考えて、ここからが本当の未来であると思ったりするのである。
いわゆる「未来がない」というのは、その人間個人がステップアップする見込みがないということである。
そこらへんの工員がグーグルの社長になることは絶対にない。
世界自体は、おそらく愚にも付かない未来であろうが、まだ決まってないから不確定、というだけである。







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