われわれは時間が連続していることに違和感を感じてない。
時間が繋がっていることがあまりにも自然であるから、これが変だとは思わない。
しかし、本当は時間は細切れのはずである。

因果律というものがあり原因と結果の前後関係ははっきりしているから、決して細切れの時間がランダムに発生してくるわけではないが、これを連続的な切れ目のない流れとして認識している脳の機能はすごいものである。

三秒前さえ過去となって消えるなら、それこそサッカーでさえ出来ないが、われわれがサッカーを楽しめるのは記憶があるからである。
一連の流れが、幅のある現在として再生されるのである。

脳の仕組みとしては、現在もひとつの記憶なのである。
五感から入ってきた情報から、いろいろと加工して現象世界を生成しているのであるから、現在と過去はフォーマットとして同じである。
ビデオカメラで記録していると考えると、現在だけが特別というわけではあるまい。

ごく稀に直観像記憶の持ち主がいて、そういうひとたちは過去を写真のように克明に憶えているが、たいていの人間は過去の記憶がぼんやりしているので、現在が特権的に思えるのであろう。
現在こそが生々しい真実で、過去は記憶に残っているに過ぎないという感じが強いのは、記憶が薄れる仕組みになっているからであろう。

天体は時を刻むように動いてはいるが、あくまで重力に従っているだけだから、時間の流れは把握してないであろう。
物質にとって過去は完全に消え去っている。
生物だけが前後関係の流れを把握して現象を体験できるのである。
生物がどうやって時間の流れを把握できたのかは謎である。
われわれにとって時間の連続性は当たり前すぎるのでこれを不思議だとは思ってないが、これは記憶の仕組みがあるからであり、記憶が無ければ時間の「流れ」などわからないはずなのだ。







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