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はるかぜ信者というのは二通りある。盲目的に崇拝していた人と、実態を見透かしながら馴れ合っていた類友である。盲目的崇拝者の代表は岡田有花である。もしくはヤマカンである。二人とも京都大学の文系という共通点があるが、偏差値が高いリベラルな人間が「子ども」に過大な幻想を抱いていたわけである。障害者の一歩手前くらいの子どもを「大人」だと持ち上げていたのだ。類友の方は言うまでもないが、中川翔子が代表格であり、もしくは岡田斗司夫とか乙武である。いろいろと裏の顔がある連中が類友として馴れ合っていたわけだ。盲目的崇拝者と類友のどちらが悪いのかを議論してもさほど意味はあるまいし、この両輪が噛み合って疾駆し狂奔したのがはるかぜ親子という現象だった。どちらを欠いても成り立ち得ないのである。岡田有花を批判する人がまったくいない、というより、示し合わせたかのように黙過されている。地球人類の中で、岡田有花の責任を重く見て筆誅を加えているのはわたししかいない。やはり盲目的崇拝者がいたからこそ成立したのだし、あんなのババアの代筆に決まり切っているのに、実際に取材した岡田有花がはるかぜ(娘)を絶賛してITmediaの記事にするからややこしいことになった。大きな原因として、岡田有花を批判しても楽しくないのである。ワイドショー的な素材として岡田有花はまったく価値がない。はるかぜと中川翔子の関係性なら、類友としての嘘くさい部分が笑えるのだが、岡田有花とはるかぜの関係は笑いのポイントがない。娯楽として楽しめないからスルーされているのだ。このネット世界においては馬鹿を動かすと盛り上がるのであり、馬鹿は馬鹿をやることが楽しいのである。どこかの弁護士への中傷や予告を面白がって何年も続けている連中にしても、馬鹿だから楽しいわけである。はるかぜと中川翔子の組み合わせはいかにも面白いので、馬鹿がはしゃぐだけの理由があるわけだ。だからこそ中川翔子が築いた帝国の領土すべてをあまねく焼き尽くして灰燼に帰するほどの大炎上になった。中川翔子の言動に本当に激怒していた人がそんなにいるとは思えないし、あの類のおかしな人をバッシングするのは楽しいのである。これが岡田有花の問題となると、馬鹿がはしゃぐ要素がないのである。京都大学卒のリベラルな女が「子ども」に騙されやすいメンタリティーを持っていたという思想的課題であり、馬鹿がはしゃぐ案件ではない。わたしは馬鹿に娯楽を与えるために書いているわけではないから、この問題を筐底に秘する風潮に従うことはない。楽しくなければ楽しくなくても差し支えないのである。小学生がサッカー選手になりたいというのは自由であるし、ワールドカップで優勝したいと言ったらなぜか褒められるわけである。小学生が夢を語ると褒めることにしているのである。嘘と言えば嘘なのだが、小学生の間くらいは、それくらいの夢は認めようということである。大人になってから、まったく実力がないのにサッカー選手になりたいと言っていたら、誰からも褒められないし、どこのクラブからもオファーがないだけである。子役があれこれと転落していくのは、子どもの頃に褒められた経験が大きい。はるかぜを絶賛する記事を書いていた岡田有花が罪障深いのはここなのである。そもそも大人になると成功者でさえたいして褒められない。まずは嫉妬があるだろうし、それに人間存在は境遇の反映であるから、親が医者なら子どもが医者というのが普通であるし、ノーベル賞のような異次元の業績でなければ褒める気にならない。やはり相手が子どもだから、競争の対象外ということで、手放しで褒めるのである。子どもは異次元であり治外法権の租界である。子どもに厳しい現実を突き付けるのも差し障りがあり、とりあえず難癖を付けずに褒めておくのが無難だが、これを大々的にやるとなると、人間そのものが蝕まれていく。「子ども」を万歳三唱することで使い捨ての傀儡としての子役が死屍累々たる有様を露呈するのは、厭くことなく芸能の世界で続いて行くであろうし、これからも新しい生け贄が階梯を昇るのであろうが、この現代の見せ物小屋についてわれわれが沈黙を守る必要はないであろう。鞘師里保だって幼帝として北朝鮮の独裁者のように振る舞った結果は無惨であった。ずっと王様ならいいが、いずれ平民となる人間をチヤホヤしてもろくな事にはならない。何も成し遂げていない子どもを褒めそやして、功成り名を遂げた偉人のように扱うのは悪辣な数奇者の遊戯である。大人の世界でスターであるのは事実だからいいが、子どもをスターとして扱い、その奇蹟を賛美する頌詩を謳うのは、おもちゃのお金を与えているのと同じであるし、そうやって大量に発行された褒め言葉は暴落して塵芥と化するのが分かりきっている。煌びやかな王侯貴族のように遇されて、白日夢のような快楽を体験した系譜に連なる少年少女の後半生が、たいていは楽園から追放された人間のみじめな末路であり、これは貴種流離譚ではなく、ニセモノであったことが露わになって廃嫡の憂き目に遭う喜劇である。年端もいかない子どもを天才と褒めちぎるビジネスは悪趣味と言うしかない。子どもに栄耀栄華を体験させる罪障の深さについては、悪意のある人間だけでなく、岡田有花のような純然たる盲目的崇拝者も問題視されるのが当然であり、話題として面白くないという理由で避けるわけにはいかない。







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