葬式では悲しそうに振る舞わなければならないし、結婚式では楽しそうに振る舞わなければならない。
このようなTPOというのも、よくよく考えると、今ひとつわからないわけである。

葬式でも若者が非業の死を遂げた場合と、高齢の老人が自然死した場合では違うだろうが、ともかく求められる空気があるわけだ。
TPOとしては、なんと言っても演技が求められる。
われわれは演者として登場しなければならないのである。
自分が悲しくないという理由で、年端もいかない少年少女の葬儀で楽しそうに振る舞うとかあり得ない。
もしくは95歳の爺さんが大往生した葬儀で、みんなが談笑している中で、自分だけ悲痛な表情をして嘘泣きしていたらそれも変である。

悲しい表情をすれば悲しくなるし、楽しい表情をすれば楽しくもなる。
表情と感情はたいていは一緒なのである。
だから演技とはいえ、内面においても、儀礼的に喜んだり悲しんだりしているのだ。

40くらいの独身のババアがやむを得ず昔の友人の結婚式に出席するとして、内面では敗北感と嫉妬の感情に満ちあふれているとする。
それでも表向きは旧交を温めて友誼を確認し合い楽しそうに振る舞うであろう。
そもそも「本当の感情」というのも判然としない。
嫉妬に満ちているのもみっともないから、祝福する心構えにしようとすることもある。
人間は感情や表情を調整しているのである。
このババアが帰宅してひとりになってから深酒をして荒れ狂うとしても、それはそれでいいわけだ。
われわれは他人の感情をそこまで検閲してないし、義理だとわりきっているから、結婚式で楽しそうにしていればそれで充分なのである。

もちろん「あの人は本当に喜んでいるのだろうか」と本音の部分を考えることはあるが、これはTPOとは別の話である。







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