南條愛乃さんのツイッターのフォロワー数はすでにラブライブ本体を超えており、まったく失速する気配がない。こういう数字は当てにならないにせよ、ソロでかなりの動員力があるのは間違いないので、これは実態を伴っている。よくよく考えれば、アニメ好きなら、たいていの人はFripsideというユニットは知っていたはずである。漠然と知ってるがちょっと聴いてみて趣味に合わないから興味ないというバンドやユニットがたくさんあるわけで、Fripsideもその中のひとつだったわけだ。わたしの昔の印象で言えば、それなりにまとまっていて悪くはないが、中途半端に出来がいいだけで、ボーカルの女の実力が足りてない、という感じだった。南條愛乃さんがこのところ急速に支持を伸ばしているのはラブライブ効果なのかと言えば、確かにそうではあるだろう。南條さんは10年前から声優ではあるが、ラブライブに関わるまでは声優としての知名度は低かった。ラブライブ声優というのが極めて大きなステータスであるのは言うまでもなく、これによって人気が上がったのは間違いない。μ'sなら誰でも人気があるかというとそうではなく、むしろ人気がない人の方が多いわけだから、これは宝くじに当たったような特権ではないが、とはいえ、上方のバイアスが働くのも確かである。南條さんはラブライブへの忠誠度が低いとされるが、母親がアニメーターという家庭環境もあり、代々木アニメーション学院卒という寂寞たる黒歴史も含め、アニメやゲームへの知識もかなりあるから、ラブライブが嫌いであっても問題ではない。アニメ文化全般に興味がないのなら問題だが、文脈や歴史を踏まえた上で、それこそ臨済録さながらの、仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、そして始めて解脱を得んという快刀乱麻である。オタサーの姫として頂点に君臨する南條さんならではの具眼者たる痛快さといえるし、ラブライブが巨大コンテンツだからこそ右顧左眄することなく醒めている。ラブライブが顕教であるなら、南條さんなりの密教があり、とっくに悟りの境地に到達しているから、そのか細い指で印契を結び、唇は真言を誦し、沙羅双樹に寄り添いながら涅槃を待っている。紅白欠場の件が風化しつつあるのも、南條さんがオタサーの姫としての資質をすべて兼ね備えているからであり、もはや絶対者と言うしかないのである。もし南條さんみたいな存在が別にいたとして、それがラブライブ声優でもなく、ましてや声優でもないとすれば、実物以上に見映えがする才能が素晴らしいと思われたかは判然としないし、姥桜のまやかしのような美しさが絶賛されたかは疑わしい。たいていの人はFripsideを何となく知っていたのに、たいして人気が無かったのだから、今さら南條愛乃さんの凛とした立ち姿を阿弥陀如来の来迎図のように崇めて褒めそやすのは、ラブライブ声優として下駄を履かせているだけという誹りは免れないが、それを言うなら、ハンマー投げしか出来ないような屈強なガタイの中元すず香さんも、プロデューサーがゆいもあを拉致するなどいろいろ工夫して見映えをよくしているわけである。われわれニューヨーカーからしたら中元は鞘師と同レベルなのに、このソドムたるニューヨークより遙かに上の桃源郷である日本では東京ドームでロックスターに変身する奇蹟を実現したのだから凄い。ドブスだから正直にそのままドブスに見せなければならないわけではあるまい。中元も南條さんも見てくれが悪いので、実物そのままでステージに上がったらやばいのは同じであるが、中元がただの冴えない女であるのに対して、南條さんはナードを美少女化した究竟の存在であるし、いわばオタの理想を具現化したアイコンである。中身がババアであるとしても、歌舞伎の女形と同じようなものである。本物の美少女が素の状態でステージに上がったとして、たとえ現実でどれだけ魅力的であろうとも、イデアというべき根源的な少女性の雪月花すべてをあまねく現すことが出来るわけではないだろう。この血腥い苦界において、絵空事だろうが南條愛乃さん(31歳)が演者として仮初めの理想を描き、ステージでリプニツカヤに見えればいいのである。







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