2016.02.10

EQと身体性

脳が意志決定して、身体がそれに従っている、というのが常識である。
とはいえ、脚が勝手にパチンコ屋の方に向かっていくこともあるだろう。
腕が勝手に動いてビールを飲んでしまうことだってあるはずだ。

そもそも脳と身体は完全に分離できないであろうから、身体が覚えているという感じもあるわけだ。
パソコンのキーボードを打つのでも、キーの位置はほとんど意識してないし、身体に委ねている。
「無意識のうちにやってしまう」というが、これもやはり身体に憶えさせているからであろう。

おそらくEQとはこのあたりの問題だと思うのである。
EQを「こころの知能指数」という人がいるが、実際は身体の制御の能力の高さに思える。
EQが高そうな人は、身体が勝手に動いて変なことをやらかすのが極めて少ない。
逆にEQが低そうな人は、なんか挙動不審だし、勝手に馬鹿なことをやらかしそう、という懸念がある。

発達障害にありがちな衝動性とは、身体が動いてしまうことなのである。
ストレスで怒り狂って物を壊すADHDがいるとして、それは意志決定による破壊というよりは、まずなにより身体が動いてしまうのであろう。

一般的には理性-欲望という対概念で語るのであろうし、たとえば清原和博は理性が足りてないからクスリを我慢できない、となるわけだ。
そういう説明でもいいのだけど、心のコントロールと身体のコントロールは同じだと思うのである。
清原和博に理性を持てというのはもっともらしい意見ではあるが、しかし、実際は、このタイプの人間は身体が勝手に動いているはず。
運動神経は超一流であるはずなのに、おとなしくしていることが出来ないのだから興味深い。
馬鹿みたいに身体が動いているとボケ老人の徘徊と大差がない。

なぜ坐禅で目を閉じないのであろうかと考えると、目を閉じた状態で落ち着いても、くつろいだ状態になってしまうからである。
目を開けて座るからこそ、澄み渡った明晰な意識を持つことが出来る。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング