ネットから新しい知性が生まれないのは当然の話であり、人類は昔から集合知なのである。
天才は天才と知り合いであり、とっくに繋がっているから、今さらネットでやり取りする必要がない。
天才の世界は狭い。
他の天才と交流はあるし、その業績を知っているわけだ。
そういう繋がりを作れなかったら、基本的に歴史には残らない。

どこかで誰かが偉大な発見をしてそれが誰にも伝わらなかったことだってあったはずだが、大学が普及してからは、ごく普通に大学がエリートの集合知なのである。
そもそもインターネットそのものが、大学の教員達で作っていった側面が大きいし、もしくは大学教員でなくても、それに準ずるような立派な研究機関に属していたりするわけだ。
ネット以前からエリート層が繋がっているからこそ、インターネットが生まれたのである。

だからネットで集合知が発達しないのは当然である。
専門家同士はネット以前から繋がっているので、ネットで初めて繋がるとすれば、無位無官の在野の人しかないが、ここが繋がってもたいしたことにはなっていない。

たとえば東浩紀の周辺はそういう人の集まりだろうが、その集合知で新しい知性が生まれるわけではない。
エリートが大学で扱わないサブカルチャー評論ということになるわけだ。

超一流の大学とか研究機関、もしくは民間企業で、科学は普通に進歩しているわけである。
この15年でずいぶんいろいろと便利な新製品が開発されたり、新発見がなされた。
それぞれの組織が集合知なのである。
研究が完成するまで表に出さないのは非効率ではあるが、競争原理の源であるのは言うまでもないし、完成して権利を確立したら、その恩恵は人類に行き渡るのである。
そのトップエリートの集合知に入れないレベルの人たちがネットで集まっても、まさに烏合の衆であり、サブカルチャー関連で文化を形成するくらいしか出来ないというのが現実であろう。







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