オースン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」だったと思うが、(ずいぶん昔に読んだので記憶は判然としないが)、すごい天才的で匿名のオピニオンリーダーがネットを動かして行くみたいな未来像が描かれていた。
ネットが一般人に広まりだして15年か20年くらい経った現在から見ると、これは明らかに間違った予想であったが、とはいえ、ネット初期の頃はオピニオンに対して過剰な期待があったのである。
だからこそ昔はネットでの議論の勝敗に執着していたのであろう。
今日ではネットユーザー同士で論争しても無意味だとはっきりしたので、誰もそんなことはやらない。

熱狂してそれが具現化したものが歴史であるし、漫然と多くの人が不満を抱えているのでは、心の中に散逸する雑念と大差がない。
そもそも不満を持っていて何もしないというのは奴隷の特徴であり、その弱々しい不満が現実を動かしたらおかしいのである。

まず利権の非対称性という問題がある。
たとえば天下り問題。
税金の使われ方として、一般市民にもデメリットがあるはずなのだが、その被害が見えづらい。
それに対して、天下りのために意味不明な特殊法人を作る役人の方は死活問題だから必死である。
利権に絡んでいる連中と、そうでない一般市民では切実さが違うのである。

利益がないのに連帯するというのは、動機が薄いし、何よりも気恥ずかしさがある。
ネットの暇人が有り余ってる時間で抗議活動をするのは、やはりメリットがないのに加えてみっともない。

意志というのは沸騰しなければ意味がない。
利権に絡んでいる連中と、そうでないひとたちではこれが決定的に違う。

ドナルド・トランプは、かなり影響力のあるオピニオンリーダーになってしまったが、マイノリティー優遇に不満を持つ白人層の声を代弁しているわけである。
やはりドナルド・トランプだからこそ意味があるわけである。
落ちこぼれの白人が言いそうなことを、世界的に著名な大富豪が言うことで、それが歴史的な発言となるのである。
重要人物の発言こそが歴史である。
同じ台詞を重要でない人が言っても意味がない。

この間接民主制の世界では、立派な候補が並んでいるが、立派と言ってもあの育休の宮崎議員みたいなのもいるし、営業マンが礼儀正しいのと同じでしかないから、誰に投票しても同じというニヒリズムが蔓延している。

ドナルド・トランプは英雄としか言いようが無い。
不満だらけで座して何もしない連中を沸騰させたのだから、カリスマである。
こんな馬鹿なことをやる大富豪は他にいないし「誰に投票しても同じ」というニヒリズムを力への意志で克服したのである。
つまらない世の中において、ドナルド・トランプは革命家として現れたのである。
ポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)に絞殺された窮民が蘇生しているのである。
世間のひとびとは立派な人間にうんざりしており、立派な人がたいして立派ではないことに欺瞞を感じており、ドナルド・トランプの方が英雄的なのである。







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