岸田秀(1933年生まれ)は故人だと思いこんでいたのだが、まだ生きているらしい。
さて、ともかく岸田秀の唯幻論はインパクトがあったわけである。
かつては夢中で読んだ人も少なくないだろう。
岸田秀の本はすべて処分してしまったので、読み返さずに書くが、なぜ再読を懈怠して書き綴るのかと言えば、彼の文章は理論的に意味はあるまいし、その立ち位置の時代性の方が重要であり、薄れた読後感に頼って記述すれば足りるからである。

岸田秀は若い頃のビートたけしみたいなもので、世の中を斜めに見て分析してみせる視点は鋭いが、そこより上にはいかないし、パターンがわかってくると飽きる。
決まり切った切り口があって、その切り方で一通り社会現象を斬ると、なんとなくマンネリになってきて終わりなのである。

二十世紀後半の社会は伝統的な固定観念を破壊する作業をしていた時代だと言えるし、そこで岸田秀が求められたのである。
岸田秀は左翼ではなかったから、伝統的な固定観念を糾弾してリベラルな正しい知識を説くことはなく、何でもかんでも「あれは幻想」と語って結文する自由な芸風であった。

神経症についてはすべては母親のせいとか、まるで有村悠さんみたいな話が多かった。
母子密着の問題へのこだわりも受験戦争の時代にフィットしていたのであろうが、親子関係が原因なのは確かであるとしても、そういうカウンセリングで治ることは少ないであろうし、むしろ悪化した人の方が多いと思われるので、このあたりは、岸田秀は先見の明は無かったと言える。
親が原因であるとしても、親は交換できないので、親が悪いというアプローチはあまりよくないのである。
岸田秀は心理学者として評価するべき点はないであろう。

21世紀になってからリベラルが定着したので、男子に敵意を剥き出しにする女子は消えたし、急進的なフェミニズムは役割を終えて退潮した。
過度な禁欲が無くなったので、神経症というものも薄れた。
かつては厳格な人間が模範とされたが、今は温厚さが求められている。
そのせいか、人生に困ったらとりあえず鬱で寝込む人が増えたように思う。
心の病も時代性なのである。







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