おそらく会話とはツイッターのタイムラインのようなものであり、次から次へと忘れ去っていい。
記憶する必要はない。
文章は、そうではないのである。
将棋やチェスで手順を考えるのに似ている。

時間というのはずっと「現在」しかなく、それがループしているはずだが、人間の感覚としてはそれなりの「幅」があるわけだ。
短期記憶(ワーキングメモリー)で幅のある現在を作っているのである。
会話ではこれは気にしなくていいし、どんどんメモリーから消去して、話題をあちこち転じていってもいいのだが、文章だと、読みながら次から次へと忘れていくのは駄目であり、ワーキングメモリーで読んだ内容を保持しておかなければならない。

実際は、本というのは拾い読みや流し読みでいいだろうし、むしろ拾い読みして、読む価値がある本だと思ったら何度も再読する方が効率がいいと思うが、現代文のテストに適応するためには、最初から最後までちゃんと読まなければならない。
(ちゃんと読めてこそ拾い読みができるのだから現代文のテストが悪だという意味ではない)。

だから文章で脱線すると悪文だとされるのである。
頭の中のメモリーに保存しながら読むのが基本だから、脱線されるとややこしくなるのである。
森の中で道順を憶えながら歩いているようなものだから、脱線されると位置がわからなくなって違和感が生じるのである。







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