アスペルガーとは男性的な鈍感さのことであろうし、一昔前なら真面目な男性と言われていたわけだ。家父長制への嫌悪の蔓延、家を維持するという妄念の崩壊、そしてその粛清の渦中にわれわれは置かれており、かつては賞賛の対象にもなり得た男性的鈍感さが忌避されている。
これについての是非を問うても意味はあるまいし、ただ世の中がそうなっているというだけなのである。女とセックスするとして、責任を取ることは考えなくてよい。女がそれを望んだという、それだけなのである。

かつては世渡り上手な男は煙たがられていたのに、それが賞賛されるというのは、進歩的な存在だからである。この流れに逆らうのは反動的ということになる。この案件に関しては、おそらく反動的に振る舞う必要などあるまいし、大伽藍が軋みながら焼け落ちていく乱痴気騒ぎを黙過するしかない。
父性の抹殺によって、ロンブー淳とか津田大介とか小山田圭吾が跳梁跋扈するのは致し方がないことである。これによって風紀が紊乱し犯罪が増えたかというと決して増えてないし、犯罪という点では大差がない。むしろ本当の意味での犯罪者予備軍がセックスで家畜化されておとなしくなっている。
おそらく1960年代生まれの女は未来の冴えない旦那への浮気として性の乱脈を極めたのだが、今日ではそういうややこしい回路ではなく、ただ単にセックスしているのだから進歩を極めたとも言えるし、また男性側が未来の旦那という自分の立場を仮想してそれを渋面で眺める必要もない。
家と家族はまったく別の概念だと理解すればいいだけであり、名だたる立派な血筋の旧家でもなければ、焔に焚くべき家系図など無いのだから家など鉄斧でぶちこわせばいいし、もはや鈍感な石頭で在り続ける必要はなくなったので、旧套に晏如とせず、山野を跋渉し無縁仏となるべき出家者として、惨憺たる世情を睥睨するべきである。この太陽系第三惑星はかなりの辺境であるし、宇宙人も相手にしない僻地であるから、ここに繁殖している群賊悪獣に理非を問う価値もないが、もはや規範がわれわれを縛ることはなく、鈍感さから解き放たれた自由人として容赦のない世界認識が可能である。







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