誰でも知っている定番曲はさすがに聞き飽きているので、今まであまり聴いてなかったアーティストを聴いているのだが、アリス・クーパー(1948年生まれ)などは今までスルーしていて、ようやくおもしろさに気付いた。ショック・ロッカーの元祖と言うべき大御所であり、その奇抜なスタイルは多くのロックスターに影響を与えたが、だんだんこの世代の人たちが、老躯を辛うじて支えているか、もしくは20世紀文化の幕を引くようにして鬼籍に入るようになったし、訃報に接するたびに、われわれは芸術運動はナマモノであり、その寿命の限界という宿命を痛感している。デヴィット・ボウイとプリンスを失っても、まだアリス・クーパーとオジー・オズボーンは生き残っているが、数多の大傑作を生み出した奇蹟に終止符が打たれつつあり、この現代の世界は、その王朝を引き継ぐだけの資格を有してないのである。

この2016年現在でスター扱いされている奴らは全員ニセモノである。わかりやすく言えば中元すず香はアミューズという大企業病の象徴であるし、ゴシックな衣裳で血や死がまとわりつく惨劇を演じても、それは他人が完成させたノウハウの切り貼りであり、音楽活動というよりは、トヨタの期間工のように作業している木偶人形であるし、血で書かれた文字だけに価値があるというニーチェのエピグラムから最も遠い。

本物のロックスターたるアリス・クーパーは日本ではあんまり人気がない。やはり主旋律が力不足ではあるし、サウンド全体のおもしろさでやっているからだ。だからわたしはアリス・クーパーを絶賛することを差し控えるし、お気に入りの楽曲を羅列することも避ける。褒めちぎった後で実際に聴いてみたら拍子抜けであるのは間違いないからだ。ロックのサウンドとしての愉しさを結集したようなものだが、日本人の琴線には引っ掛からない。

日本人は楽器を添え物だと考えているし、主旋律がキャッチーでないと決して名曲とは言わないので、アリス・クーパーのサウンドの魅力を伝えるのは難儀であるし、伝わらなくても差し支えないが、文化的な問題として聴いてみると面白いと思う。日本でも主旋律がすごい名曲というのは出尽くしていて限界に来ているから、こういう古典的なサウンドの見直しがされてもいいであろう。







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