人間にも需要と供給がある。
需要がある、もしくは潜在的に需要がありそうなことを、われわれ自己存在は供給しなければならない。
需要がないことを供給(生産)すると赤字在庫が山積するだけであるから、売れる品物を作るしかないのである。

人間は存在するだけでコストがかかるようになっている。
この世界では人間そのものが商品なのである。
先史時代はともかく、文明の中で生きるとなれば、自らを商品として維持しなければならない。
ニーチェのようにたまたま実家の資産があれば、100年後の人類への贈り物として著作を書くという姿勢もあり得るが、ニーチェにしても実際は承認願望の固まりであろうし、そこまで悟ってないのは確かである。
それに、同時代人からの評価が完全に0であると、後世での再評価も難しい。
今ならインターネットがあるが、昔だと出版すらされてないし、すでに焼き払われた草稿をわれわれが読むことはできないのである。

ネットでも閉鎖されたサイトの記事は読めないのが普通であるし、たとえばInfoseekのサービス打ち切りで、過去のホームページは大量に消えているわけである。
10年前のページですら、かなり消えているのである。
これについては著作権法やネット技術の問題でもあるから、長々と議論しても脱線となるので筆は省く。

ともかく生命維持のためにも、承認願望のためにも、同時代人に伝えるのが人間の原則なのである。
同時代人から需要がないことをやってもしかたがないので、どうしても同時代人に取り込まれていく。
何らかの新しい文化が一気に流行って時代を塗り替えることもあるし、それだけの斬新なことをやるという道筋もあるが、どっちみち同時代人の需要を先読みして掘り起こさないといけないわけだ。







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