スペックの問題として、人間には優劣がある。
それはいいとして、なぜ弱者は強者に支配されなければならないのであろう。
これがよくよく考えるとわからないのである。

たとえば身長190センチくらいの見知らぬ屈強な男が、突然あなたのところにやってきて、支配者として命令し始めたら、それに従う理由はあるのだろうか?
当然ながら無いわけである。
だが、少し設定を変えると話は別であり、何らかの自治が容認されているような村社会であれば、その男に従うしか無いであろう。

地方自治体の首長が自治という言葉を理想として語るので、すごい美しい概念と思われがちだが、自治を極めると、要するに独立国家である。
それこそ独立運動みたいなのも現実にあるわけだ。

さて、さきほどの事例に戻るが、見知らぬ190センチの屈強な男が、あなたに偉そうに命令し始めたとする。
これが都市空間だと、ありえない馬鹿だと思うだけであるし、変わり者として対処すればいいだけであろう。
都市には、独立国家のような意味での、自治がないからである。

たとえばあなたがひ弱な中学生だとして、見知らぬ中学生に恐喝されたら警察に行くだろう。
これは法治社会として当然である。
だが、学校の同じクラスの人間に恐喝されたら黙っていなければならない。
クラスは独立国家だからである。
法の下の平等という原則が働かない。

たとえばあなたと縁もゆかりもない大企業の偉い人があなたに嫌がらせを始めたとして、どうするかと言えば、これについても書く必要はあるまい。

たとえば芸能人でもないわれわれのところに周防郁雄が強面の取り巻きを連れて訪れたとして、どうするかと言えば、これについても書く必要はあるまい。

強者と弱者というのは、自治権という磁場の中での問題である。
そこと無縁である人間からすると、支配される言われはないのである。







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