憲法はマッカーサーが書いたと批判する人がいるが、主権者が天皇ではなく国民だと書き変えられる日本人がいるわけがない。マッカーサーが日本国憲法を書いてなければ、天皇主権のままである。憲法は法律そのものというよりは、立法の礎となるものだから、天皇主権でも問題はなさそうだし、実際、明治と大正はそれでやれていた。所詮は憲法であるし、天皇が独裁者のように命令できるわけではないから、それはそれでよかった。実態として立憲君主制であったし、天皇機関説という憲法解釈で回っていたのである。結局のところ、昭和になってから右翼が跳梁跋扈し、天皇機関説が否定されたので、天皇の主権というのが厄介になりすぎたし、天皇主権(もしくは天皇機関説という憲法解釈の否定)が数多のテロルやクーデターを生んだ。主権者が国民でも天皇でも大差ないし、天皇主権であったとしても天皇機関説のような憲法解釈で形骸化すればいいのだが、やはり天皇が主権者だと憲法に書いてあると、文字通り天皇が何でもやっていいと解釈する人が出てきそうだし、右翼のテロルに大義が生じてしまうので、これを書き換えてくれたマッカーサーには感謝しなければならない。こういう外圧に頼る受動性が、言論に命を賭けない日本人の精神を育んだように見えるが、実のところ元からそうなのである。明治維新の美化の結果として、陽明学の影響が強すぎるから、ペンで戦うという文士の発想も育まれなかった。自由民権運動でさえなんとなく陽明学のノリである。三島由紀夫は晩年は陽明学にかぶれていたが、武装しないと思想に命を賭けられないのが日本人なので、楯の会はいかにも日本人らしかったのである。憲法に国民主権と書いてあるおかげで「天皇に軍隊をお返しするため」とかいう市ヶ谷駐屯地でのクーデター未遂は喜劇に終わってくれたが、これはひとつのトリックスターだったのであろう。文人として命を賭ける姿は三島由紀夫でさえ見せられない。美濃部達吉は戦後まで生きてしまったが、常識的な学説を唱えたら騒動に巻き込まれた気の毒な人であるし、陽明学にかぶれた日本人に対して思想信条を示すには、軍服を着て割腹自殺するしかないから、学者として命を賭けるような気骨の精神を持つことは出来なかった。吉田松陰の陽明学かぶれが明治維新として体現されたので、知行合一でなければ文弱でみっともないという発想が日本人の根底にあるし、「口だけ」はダメだとされるから、言論の美学というのもない。ペンで戦うという姿勢を蔑んできたのは日本人の責任であるから、マッカーサーのせいではないし、マッカーサーを批判するよりは、吉田松陰あたりからテロリズムのメンタリティを反省した方がいいであろう。明治維新を莫迦にするところから始めるのだから、日本人には耐え難いであろうが、陽明学という病いを克服しないかぎり、流血か沈黙かという二択しか無い。







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