ここで戦端を開き干戈を交えなければいつ電通と戦うのかという好機が到来しているのだから、われわれの怒りから生み出された業火のような焔がネットをなめ尽くしても不思議ではないはずだ。ところが、実はかなり反応が鈍く、怒りの焔は版図を広げていないし、むしろ火消しのほうが頑張っている。学生運動が流行らなくなった後にシラケという言葉が流行ったらしいが、まさにしらけている。よくよく考えると、電通が大きなダメージを負ったとしても、われわれの人生に影響はない。電通が退場すれば、それよりスケールが小さい悪が跋扈するだけであり、巨悪が小悪人に変わる程度であろうから、民衆が膏血を搾り取られることに変わりあるまいし、此世が天国になるわけではないのだ。目的や利益が中途半端なのである。ネットユーザーは普段はどうでもいいことに怒り狂っているのだから、その目的の無さは問題ないように思えるが、たぶん目的の無さの極みだからこそ暇人は活動的なのだ。所詮はアホであるし、社会的意義が生じたら興が削がれてしまう。電通を取り除くことで、社会が少しはマシになるので、なんというか、少しはマシになって、僅かな利益があるからこそ、腐敗が糺されたところで、われわれの人生に影響なんぞ無いという事実に逢着する。明日からモテモテの輝かしい人生になるわけではない。電通を倒すことに現実味が生じてきていて、それが現実に為されるとしたら、日本の歴史の大きな転換点であるとしても、個人の冴えない人生を塗り替えるロマネスクな物語ではないから、無意味に暴れるというネットの暇人のロックンロールは電通には向かわない。腐敗の象徴というべき悪人が消えても、五濁悪世というべき世界は浄化されず、わずかにマシになるという些末な報酬があるだけに、世界は薔薇色にならないという現実が人を萎えさせる。だいたい怒りはストレスであり、温厚である人間こそが最高であるというのが昨今の価値観である。これ自体は適切であり、怒り狂う人間に正義が在ることは稀であるから、温厚な人間のほうがいい。怒ってみたところで血圧が上がるだけである。暇人が怒り狂うのでも、やはりそれを娯楽として考えているからこそ一年中やっているわけで、無意味なことだからストレス発散にもなるのだろうが、電通のような社会的矛盾に対して怒るとなると、その理不尽さに悩まされるから、ただの娯楽としては楽しめないのでストレスが溜まる。歴戦の老耄たる暇人は、電通に怒り狂って血圧を上げる事で、その馬齢を重ねた老躯を動かしている心臓とか脳にダメージが行くだろうから健康に悪い。娯楽ではない怒りなど論外である。ネットの暇人はそれぞれの玩具でただひたすら無意味と戯れて遊んでいるのであり、社会の改善など目指してないから、どうしようもないのである。







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