贈与の一撃。
他人からプレゼントされたり、好意を示されるのは怖いことである。
それを断ったら逆恨みが待っている。
頭を下げられるというのも、それに含まれる。
政財界の人間が森喜朗に頭を下げられたら、迂闊に拒めない。

いわば営業活動で世界は動いているわけだ。
頼んだり頼まれたり。
これがデリケートだからややこしい。

頭を下げて頼むのはそれ自体がプレゼントである。
そんなプレゼントはいらんのだが、無碍に突き返せない問題。
これは階層を問わず、権力者からチンピラまで通底している。
いろんな階層の人間が脅しのようなプレゼントをするのである。
最上位から最底辺まで「俺の頼みを断るのか」とすごむのだから、これは人間そのものというべき行為であろう。

受け取る側が「これが欲しい」と指定すると、親子なら微笑ましいかもしれないし、ビジネスなら賄賂だが、相手が欲しがってないものを強引に送るのは、純粋なように見えて、ずいぶん自分勝手な賄賂である。
プレゼントを断ると侮辱したことになるのは、やはり賄賂を突き返すようなものであろうから、まごころ(下心)を見透かされた恥なのである。
親子関係でも、親のまごころ(下心)を断るのは大変である。

もしくは、「愛」というプレゼントの扱いの難しさである。
女がノーと言っているのが本当にノーなのかわからない。
キモオタが女の子に絡んでいたら、それは完璧に嫌に決まっている。
だが、池永チャールストーマスみたいなDQNが鈴木沙彩さんみたいな可愛い子に言い寄っている場合、これは判断が難しい。
鈴木沙彩さんが嫌がっているように見えても、本当は池永チャールストーマスのような野性的なゴロツキに突きまくられてハメ撮りしたいかもしれないわけだ。
理性では断ろうとしても、まんこが反応しているかもしれない。

そういう営業活動で世界は動いている。
たいていはいらないプレゼントを押し付けられるだけで、気持ち悪いだけなのだが、その強引さから、池永チャールストーマスと鈴木沙彩さんみたいなエポックメイキングなカップルが誕生することもあるし、そのイエス・ノーが曖昧だからといって切断するのは好ましくない。

鈴木沙彩さんも一時期は大喜びで池永チャールストーマスとセックスしていたのだから、「もう別れたい」という意思が本当なのかどうかは不明瞭である。
殺害された結末を見て、ああこのカップルは本当に決裂していたのだと思うのは結果論である。
壮絶な痴話喧嘩の結果として寄りを戻すカップルだっているし、喧嘩して仲直りするのは普通にある。
別れ話に応じない男をストーカーと断定するからには、関係が旧に復することなどあり得ないと断じる必要があるが、これまた機微の問題であるし、警察が別れさせたはずのカップルが、いつの間にか復縁していたというマヌケなことだってあり得ないことではない。







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