ルサンチマンにより想像上の復讐を頭のなかで繰り返している人間はたぶんたくさんいるわけだ。
これが犯罪者予備軍と言われる。
過去に犯罪歴など無いにもかかわらず、通り魔的なことをやらかすと思われている。
この実行確率は何とも言えないが、たぶん一万人に一人くらいであろう。
もちろん一万人に一人と言ったのは雑漠たる印象でしかなく、数字的に厳密であるわけはないが、そうそう頻繁に実行に移されるものでないことには同意されるであろう。
殺人の完遂ということに絞ったらもっと少ないと考えていいだろう。

おそらく犯罪者予備軍というスラングがおかしいのであり、たぶん通り魔予備軍と呼んだほうが適切であろう。
犯罪常習犯は金銭が目当てでやっているのであり、通り魔とは違うわけだ。

通り魔予備軍を人間性の欠陥と言うのは容易いが、たいていは外見がブサイクであると言っていいであろう。
いかにも見てくれの悪い男が目を眇めて世の中を恨んでいる様子であれば、それが正しいかどうかは別として、その心境はたやすく理解できる。
不細工を敬遠するのは当然であり、たとえば若い女性がなまじ優しくしたら、片想いされて大変なことになってしまう。
疎外されてる人間に優しくすることは出来ないという、つまり溺れた人間にしがみつかれたくない問題であり、いわば用意された悪循環なのであり、これは解決不能なのである。

溺れた人を助けるという比喩は世界的によく使われているが、これは文字通り、生命が困難に陥っている人であれば、利害を度外視して助けようと言うことである。
つまり今すぐにも物理的に死にそうだという緊急事態のことを言っている。
精神的に溺れていて、何かにしがみつこうとしている人間のことは、われわれは絶対に助けない。
優しくするとブサイクにしがみつかれるということだから、冷淡にするしかないのである。

自殺を薦めるのはこの世界では禁じられている。
通り魔を実行した人間に対して後から「ひとりで自殺してればいいのに」というのは簡単だが、実行する前から自殺を薦めるわけにはいかない。
自殺の教唆は法律に違反しているであろうし、もしくは、断崖絶壁で懊悩している人間に最後の一押しをするのも後味が悪い。
その動機を手繰って犯人探しをした場合に、自分の一言が最後に背中を押したと判定されるとなかなか厄介である。
そいつが自殺するのは構わないが、目の前で死なれたらすごい嫌だから、「生きろ」と後押しをして別の崖に行かせるのである。
だから、彼らは生きるしかなく、諦めが悪いメンタリティは助長される、というより、これも人間なのであり、人類としてそれを求めているのだ。
自殺して人生を投了した方がいいとは言えないので、「生きろ」という悪魔の囁きをするしかなく、その教唆に基づき、彼らが悪あがきを続け、不穏な言動を繰り返したり、一万人に一人くらいが大事件をやらかすとしても仕方があるまい。
悩める人間を助けたくはなく、「自殺した方がいい」とも言えず、だから「生きろ」と言ってたらい回しにするしかない。







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