現実とプログラムの世界が似通っているように思えるとしたら、それは現実がマニュアル化されているからである。
マニュアルに従っているのは、プログラムで動いているのと同じである。
だから、いろんな現実はプログラム可能に見えるのだが、病院の受付でハンバーガーを注文したりとか、散髪をしてくれとか、そういうのは出来まい。
人間には汎用性があるが、なんらかの業務に従事している人がやることは決まりきっており、たまたま受付のお姉さんが美容師の資格を持っていたとしても、散髪はしてくれないであろう。
われわれとしても、病院の受付でハンバーガーを注文することは決してないし、その意味では、われわれも現実をマニュアルとして理解しているわけだ。
いわば擬似的にロボットになったかのようにして、われわれは現実に存在しているのである。

友人や恋人の関係となると、マニュアル対応ではいくまい。
人間の出来る動作は、辞書に載っている動詞の数は超えまいし限られているとはいえ、それを全部プログラムするとしたらずいぶん大変そうである。
他人に対してすべての「動詞」を試していいわけでもないから、暗黙のルールを理解することも重要であるし、なかなか厄介である。
たとえば年端もいかない少女とセックスしていいのかと言えば、現代なら犯罪であるが、犯罪でない時代が大半であった。
もしくは、煙草が蛇蝎の如く嫌われる一方で、大麻が合法化されていくような風潮もあるわけだ。
法律に明記されていることなら、その法律の参照で対応出来そうだが、違法でなくても顰蹙を買うことは多々ある。
「動詞」を片っ端から試すわけにはいかないのが人間の特徴であり、いろいろとモラルに縛られているからマニュアル化されているのだし、そうやって社会化されて決まりきった現実そのものはプログラム可能だが、時代による法律や常識の変化や、臨機応変な対応までプログラムするとなると非常に困難であろう。

結局のところ、われわれのコンピューター社会はマニュアル対応で可能なところはすべてプログラムで機械化されていくのだが、そうでない領域については、高度な人工知能の課題ということになる。







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