自分の家だけが大事であり、他人の家は地獄に堕ちろという中世武家社会のような家族愛が本物かニセモノかどうかは知らないが、21世紀の価値観にはそぐわない。
人権思想を語るからには、誰にでも普遍的に人権があると言うしか無いのだし、家族愛も普遍的であるはずだ。
そもそも普遍性を持たない家族愛なら、人類史を通してずっとあったはずであり、人権思想として語るテーマではないだろう。
自分の家族だけが大事というエゴを剥き出しにするのも自由ではあろうが、こういう輩、たとえば宮台真司のように他人の家の娘さんを地獄に堕としてきた人間が、「いいお父さん」であるとしても、この気色の悪い御家族が共感されるわけはあるまい。

端的に言えば、他人とか他人の家族が大事であるはずはないのだが、あまりそれを正直に言うと殺伐としすぎてわれわれの精神衛生上もよくないから、他人の家族の不幸に泣いてみたりするわけだ。
本当に悲しいのかと問われるとたぶん悲しくはないのだが、赤の他人が死んでヘラヘラしてるのも、われながら気味が悪いから、儀礼として弔意を表すわけである。

サイコパスという言葉のほんとうの意味はよくわからないが、スラングとしては世渡り上手なタイプに使われることが多く、自分だけが大事で他人は平気で地獄に堕とすという、ロンブー淳のような人間が好個の事例となるだろうが、宮台真司もこの類のサイコパスであり、赤の他人に不幸があったら楽しくて仕方ないという嗜虐性がある人間である。
何が言いたいのかというと、この手の「サイコパス」の家族愛は見苦しいから見たくないのである。
やはり家族愛とは普遍的なものであろう。
他人の家族は赤の他人なので、本当に大事なわけはないが、一応は儀礼的に、大事であると考えるべきなのである。
他人の不幸を聴いたら気持ち悪い笑い声を発する宮台が家族愛とか何かのブラックユーモアであろう。







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