2016.06.29

宇宙の盲目性

音波があっても、それ自体は音ではないわけである。
たとえば音楽を聴くとして、楽器とボーカルではまったく違うわけである。
もしくは会話にしても、男か女だけでなく、誰が話しているのか、知っていればわかる。
音波そのものが声だということはない。
音波を脳でどうやって解釈するかの話であり、声の響きなどは脳が特別扱いで再生している。

宇宙はおそらくヘレン・ケラーそのもの、もしくはそれ以上である。
物質が匂いや味として解釈されるのは、こうやって地球上に生命体がいるからである。
他の星に生命体がいるかもしれないが、いたとしても、その感覚の世界はわれわれとは違うはず。

生物がいないとしたら、宇宙はまったくの盲目であり、五感の何もかもないはずである。

五感というと、視覚と聴覚と味覚と嗅覚と触覚となるが、おそらく重さは触覚に含まれるのであろう。
そして、生物がいなければ重さはないのである。
物理運動があるとしても、いわばディスプレイの中でスクリーンセーバーの図形が動いているようなものであり、「重力」に従った動きの法則があっても、重さという感覚はないはず。

われわれがどうやって生命として誕生し、無感覚の物理運動を、色や音や味や匂いや重さのような感覚で捉えたのか、これがとても不思議である。







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