掃除しなければならないと思いつつも、ずっと先延ばしでやらないことはある。
その一方で、突発的に断捨離しようと思い立って、部屋の中のものを一気に片付けることがある。

ずっと念頭にあると、新鮮味がないし、義務感が重量を増してくる。
思いついた出来たての意思なら美味であるし、掃除でさえ楽しい作業ではあるが、この意思が賞味期限を失ったら、まったく歓びがないアイデアでしかなくなる。
衝動が醒めてしまったら、その残飯のようなアイデアは、乗り越えがたい嶮岨な山脈のように立ちはだかり、それを前にした人間は怠惰に堕する。
重力の魔となってしまったアイデアを一度消して、ふたたび「掃除しよう」と突発的に思い立てればいいのだが、たぶん出来ない。

これが極端であれば、ADHDの文脈の話でもある。
定型発達者であれば気分にムラがないので普通にできることが、ADHDには出来ない。
衝動性の強さは、重症から軽症まであるから、1か0かの問題ではないし、個人差はあるが、気分が安定している人は一念発起しなくてもなんとなくあっさりとやってしまう。

愚にもつかない閃きが、まるで天啓のようにして一個人の世界を変えることがある。
本人は世界を塗り替えるつもりでも、端から見れば蜃気楼に魅入られて軽挙妄動しているだけであろうし、この傾向が強いと人間的欠陥と言うしかなく、気分にムラがある人間ならではの病である。
衝動的な気質の人間にとって、古色蒼然とした頑迷固陋な景色は鉄球付きの鎖でしか無いし、転生するかのように生まれ変われる光明が射したなら、それが疑似餌でも飛びつくしか無い。







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